第12話


 信じて送り出した女勇者テルメアが帰ってくると目がイッていた。

 正確には常に瞳孔がガン開きになっていた。


 今でも勇者出発の朝を覚えている。


 女勇者、剣聖、聖女、大魔導士の四人は希望に満ちた顔で魔王討伐へ出立していった。


 輝かしい朝から一か月後。


 最も早く逃げ帰ってきたのは剣聖だった。


 傲岸不遜だった剣聖はガタガタと震え「自分にはもう無理です」と言って実家のパン屋を継いだ。


 次に逃げかえってきたのは聖女だった。


 一見、優し気に見えて性格が悪く高飛車だった聖女は「許してください許してください」と繰り言をし、花屋に転職した。


 次に帰ってきたのは大魔導士だった。


 かつてあった穏やかな知性の光は失われ半狂乱になりながら「魔法なんてもう見たくもない」と叫び、どこかへ出奔したきり行方知れずだ。


 風の噂では大陸で農業に精を出していると聞いている。


 そして。

 最後に帰ってきたのが女勇者テルメアだった。


 流石に一人で魔王を倒すなんて無理だろう。

 今回も失敗か。


 誰もがそう思っていたのにテルメアは魔王の首を持ち帰った。

 単独で魔王城に潜入し、魔王を討ち取ったのだ。


 その代償なのか、旅の過酷さからか。


 女勇者テルメアの瞳からは一切の光が失われ、瞳孔がガン開きになってしまっていた。


 精神も変質してしまっているのか国王陛下があらん限りの名誉と褒美を与えても反応が薄い。


 魔王討伐のおかげで魔物の大規模侵攻は止まり、地方での小競り合いという小康状態が続いている。


 人類滅亡を回避した功績ははかり知れず、魔王を暗殺したその手腕は最高峰と言えるだろう。


 だからこそ、国王陛下と家臣たちはテルメアの処遇に困った。

 テルメアがその気になれば王の首を落とすこともできるのだ。


 そうした反逆を防ぐために名誉と褒賞があるのだが、それが機能しているようには見えなかった。


 この前、侍女が部屋に様子を見に行ったら国王陛下が下賜された宝玉レガリアが無造作に転がっていたそうだ。


 飽食も服も地位も名誉も通用しない。

 公爵の息子や王子が色気を見せてもありきたりな社交辞令しか返さない。


 王子との結婚は地上における最高の幸福と言っていい。

 テルメアが王女となればあらゆる富と絶大な権力を得ることになるのに。


 一体、何が不満なのか。


 テルメア本人はそんなことより最近市井で流行っている動画を見る方が楽しいようで「ナナシ、話しよか……ふふっ」などとよくわからないことを呟いている。

 

 貴族たちは頭を抱えるばかり。

 反逆の意志があるとしてテルメアを暗殺するのはどうか。


 幸い、テルメアが魔王を倒したという情報はどこにも流れてなかった。


 通常なら偉業を成したことを真っ先に誇示しそうなものだが、テルメアはそれすら興味がないようだ。


 人間、瞳孔がガン開きになると自己顕示欲も失われるのかもしれない。


 テルメアには重大な国家機密なので黙っているように言い含めている。


 実際、このタイミングで魔王の死を公表すると魔大陸全土の魔物たちの結束が割れ、大戦乱時代に突入してしまうので国家機密であることは事実だ。


 統率を失い無軌道に暴れまわる魔物たちの対処に奔走することになればただでは済まない、膨大な死者が出るだろう。


 そうならなかったのはひとえに幸運だ。

 このタイミングでテルメアを暗殺すれば事実を公表するものはいなくなる。

 

 だが、暗殺に失敗した場合。

 次に飛ぶのは暗殺を指示したやつの首だ。


 単独で魔王を暗殺できる女を止められるものなどどこにもいない。


 一足飛びに国王陛下の首元を狙ってくる可能性を考えると、リスクが高すぎた。


 せめてテルメアの瞳孔がガン開きでなければ、ここまで警戒しなくて済んだものを……。


 勇者テルメアを歓待しつつ、あらゆるものを与え、籠の鳥として無力化する。

 それが現在のグランツ王国にできる最善手だと思われた。

 

「頼むからこのまま何事もなく時が流れてくれ」


 誰もがそう願う中、テルメアが朝食中に口を開いた。


「グランツ王にお願いがあります」


 その場にいた国王・女王陛下、王子第一から第四、貴族に侍女に緊張が走る。

 これまで何も望むことがなかった女勇者がはじめて願いを口にしたのだ。


 一体何を要求されるのか、誰もが息を飲む。

 テルメアが願いを言った。

 

「わたし、配信者のナナシさんとお食事がしたいんです!」



称号:勇者A+【装備中】


スキル:狂化A、幸運EX、絶剣A++、光魔法E-、闇魔法B+、魔力暴走A+、勇者の勘A++、人格反転B、冷静沈着A、あわてんぼうB-



NEW!!


スキル:闇のカリスマC、魔道活性C、魔道転移C、魔物召喚C、魔族召喚C、魔竜召喚C、魔系言語C、魔王の宝物庫C、異世界転移C、窒息無効、状態異常無効化


称号:次代の魔王C 


魔王を倒したテルメアは次代の魔王として名乗りをあげる正当な権利を有する。

ランクは低いものの魔王としての権能を一部引き継いでいるのは継承権の獲得に由来する。


たとえば魔物召喚Cを使えば、これまでに倒した魔物の影を呼び出し一時的に使役することも可能。


テルメアは各種魔王スキルを使えることを理解しているが人間を怖がらせることになるのであまり人前で使わないようにしている。

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