おっさん、王様の晩餐に呼ばれる


 あくる日。

 冒険者ギルドの前に王城からの馬車がついた。


 使者が羊皮紙を広げ、読み上げる。


「王国の獅子、大地の主たるグランツ・マックラーレン国王陛下のお言葉を告げる!」


 平たく言えば「お前の為に夕食を用意したので食いに来い」とのことだった。


「配信者として王城内の様子を市井に伝える栄誉を与える!」


 使者は俺のボロボロの服とボサボサの髪、無精ひげを見ると「準備もあるだろう30分待ってやる」と言った。拒否権はないらしい。


「すごいじゃん、いいなー」

「ちょっとフェリ!」


 フェリが呑気なことを言っているが、アリアにたしなめられる。


「あの、ドレスコード違反でこき下ろされませんか?」

「だろうな」


 アリアとタルトは気づいているが、これは一種の攻撃と言える。


 王や貴族にとって人心の興味を集める配信者は気分のいいものではないのだろう。


 ここでひとつ序列をつけて、王や貴族より格下だと示すつもりか。

 30分の猶予時間はこちらの言い訳を潰すための措置と見た。


「御意、承りました」


 俺は丁寧な所作で一礼して冒険者ギルドに戻る。

 冒険者たちが陽気になっていた。

 

「王様に呼ばれるなんて流石ナナシだ!」

「どんなもん食ったか教えてくれ!」

「いいなぁ! 俺も配信で有名になったら王様と飯が食えるのかなぁ!」

「俺たちも呼んでもらえるようにしてくれよ!」


 呑気なものだ。

 俺はあと28分で身だしなみを整えなければならんというのに。

 

「な、ナナシさん……」


 流石に状況がわかるのだろう。

 ランピックが青ざめている。


 案外優しいところがあるな。

 

「ランピック、お前が髪を切れ。10分でだ」

「えっ!?」

「できるのだろう? やれ」


 こいつは売れない冒険者時代、散髪で小銭を稼いでいた時期がある。

 腕はいい方だった。


 俺は勝手に私物化しているギルドの金庫から鋏と櫛とクリームを取り出すとランピックに渡す。


「横を刈り上げて、上を少し整えるだけでいい。後は整髪料で対応する。」

「は、はい!」


 言われるがままに髪を切るランピック。

 かつて裏切った男に俺は頭をあずけている。


「なぜ、私が散髪できると……」

「風の噂で聞いただけだ」


 それに。


「大事なビジネスパートナーのことを知っておくのは大事なことだろう? 今後もいい取引を期待しているぞ」

「……!」


 ランピックの鋏が一瞬止まり、また動き出す。


 本心を言うなら、これは単に時間の問題だ。

 今から理髪店に行ったので間に合わないからこいつにやらせているだけだ。


 こいつが拒否したらヘンドリックに。ヘンドリックがいなければサラに。サラがいなければルノーに切らせていた。


 なぜランピックを選んだかと言えば腕がいいからというだけだ。


 ……炭鉱のドワーフたちの知恵に「橋を燃やす」というものがある。


 嫌な相手を憎んで捨てれば一時は気分が張れるかもしれないが、それは橋を燃やすようなものだ。


 またその橋を使いたくなった時、燃え尽きてしまっていては使えない。


 燃やしてしまったなら別の橋を使えばいいと思われるかもしれないが、そんなことを繰り返していると使える橋は少なくなり、行ける場所も減っていくのだそうだ。


 俺が裏切者のランピックと仲良くしている理由の半分はこれだ。

 もう半分は人間というものにそこまで興味がないからだな。


 正直、もうこいつへの恨みなんてどうでもいい。

 


 髪を切り、髭を整え。

 みるみるうちにイケオジになった。


「あの、服なんですが……」


 緊張した面持ちのランピック。


 言わんとしていることはわかる。

 髪は切れては服はどうにもならないと言うのだろう。


「もしよかったら、私の服を着ますか?」

「……気持ちだけ受け取っておこう」


 ランピックが着たものは流石に嫌だ。

 生理的に受け付けない。


「ですが……」


 上流階級の食事会に出られる服を仕立てるには最低でも一般男性の年収並みの金と一か月以上の時間がかかる。


 デザインし採寸し生地を断ち、縫製して加工しなければならないからだ。


 そうしてできあがったものがこれである。


 再び勝手に私物化している金庫の鍵を開け、あらかじめオーダーメイドしておいた服を取り出すと。蒸気魔法で皺を伸ばして着た。


「だ、誰?」


 アビ・ア・ラ・グラン。


 コート、ウエストコート、ブリーチズの構成。胸飾りと袖口飾りが付いた綿のシャツ、胸元にはクラヴァットが流れている。


 一言でまとめるならゴリゴリに刺繍の入った高い服だ。


「本当に誰……?」

「よく見ろ、目が死んでる」

「ナナシだ」

「ナナシじゃん」

「嘘だろ」

「なんでそんな服持ってるんだよ」


 衆目を集め続ければ、いずれ貴族たちに目をつけられることは想定していた。


 事前に対策するのは当然だろう。


 ボロを着てさも格下ですよという顔をしていたのは時間を稼ぐため。炭鉱に冒険者を送り込んで金を受け取っていたのはより早く金を稼ぐためだ。

 

 まさかグランツ王直々に呼び出されるとは思っていなかったが、準備が間に合ってよかった。


 身だしなみを整えて馬車の前に立つと使者が露骨に驚いた。


「お、お見事です」

「よきにはからえ」


 こんな服を着るのは貴族か豪商くらいだ。

 普段よれよれの服を着ている俺がパリっとしているさまなど夢にも思わなかったのだろう。


 いつもは無表情なレコード妖精も今日は少し緊張しているようだった。


 俺は使者に馬車の扉を開けさせると、慣れた様子で乗り込む。


 


称号:インフルエンサーA【装備中】

称号:追放されしもの(アハト)EX、魔力逸脱者(測定不能)


スキル:生存自活(チュラル・ビースト・ワン)EX、チャーム(魅了魔法)


現在確認できている盗品

オーク語(低)、怪力B、見切りB+、掘削魔法C、解毒(古式)、ファイアアロー(槍)


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