第15話


『ナナシさん。ナナシさん。聞こえるっすかー』


 王城へ向かう馬車に揺られているとふと脳内に声が響いた。

 誰だ。


『あ、そのままで大丈夫っす。パス繋いだんで。そっちの思考も届いてます』


 レコード妖精がこちらを見ている。


『申し遅れましたっす。自分はレコード妖精のシルキーと言うっす』


 妖精が、しゃべった。

 これまで一度も声を発さなかったので、しゃべれないものだと思っていたが。


『守秘義務上、余計な会話はNGなんすよウチら。本当はこうやって話してるのもダメなんすけど。今はそうも言ってらんないっすからね』


 御者に気取られないようにするためか、妖精は一切表情を変えない。

 俺も黙って馬車の外を見る。


 しかし、そうも言っていられない?

 どういうことだ?


『いや、あんた気づいてるでしょ。オウサマとの食事に引っ張り出されたってことはめためたにいじられていびられてギタギタにされるに決まってるっす。人間種はヒラエルキーに厳しいっすからね』


 そうかもしれんが、それがお前と何の関係がある。


『おおアリっすよ。なんでナカマが傷つくとこを全国放送しなきゃならないんすか』


 ナカマ……なんだこいつそんなことを考えていたのか。

 物語に登場する妖精は危険でいじわるで自己中心的な生き物として描かれることが多いが、実際はそうでもないのかもしれない。


『お前らがかってに傷つけあうのは仕方ないとしても、それに加担することになるのはごめんっす。ウチ妖精は同胞を傷つけるやつを許さないから、そんなことになったらウチが友達にハブられるんすよ~~!! 妖精関係が壊れるっす~~~!!』


 訂正。

 こいつ自分のことしか考えていないな。

 

『休日なのに遊びにさそってもらえないなんて耐えられないっす。今からでもいいんで、さっとこの馬車から降りてうやむやにしませんか? ナナシにも悪い話じゃねえと思うっす』

 

 それをやったら俺がグランツ王に目を付けられるのだが。


『そこはまぁ、人間同士がんばってもらうとして』


 内心で深くため息をつきながら、俺はパスを切った。


 シルキーが「えっ、は?」という顔をしている。

 意思伝達魔法をハックされて驚いたのだろう。


 精神に働きかける魔法は盗みにくいが、ここまでわかりやすく自分に使用されているなら話は別だ。使い勝手のいい魔法だな。気に入った。


『ちょ、何やってくれてんすかスカポンタン』


 シルキーが再びパスを繋いできた。

 はっはっは、必死だな。


『そら必死にもなりますよ。そもそもこんなの業務外だし! ウチら妖精には普通だけど、この服って人間から見ると露出狂らしいじゃないっすか。じゃあウチが無礼討ちされる可能性もあるわけじゃないっすか。もう嫌だ~~~~!! おうちに帰りたい~~~!! 人間何考えてんのか全然わかんないっす~~~~!!』


 そんなことを言っているうちに馬車が城門をくぐる。

 安心しろシルキー、堂々としていれば案外何とかなるものだ。


『そういうモンすかね~~。あー憂鬱~、死のうかな~~!』


 まじめな妖精に擬態することにも疲れたのか、シルキーが座席にもたれかかり天を仰いだ。

 もうどうにでもなれという感じだ。


 こいつ、この数十分でずいぶん面白くなったな。


『あ? 何っすか。えっちなのはお断りっすよ』


 小さなシルキーは胸を抱き寄せてそう言った。





「えっ、別にナナシさんを社会的に抹殺したいわけじゃなかったんですか!?」


 ドレスに着替えるテルメアは侍女にそう驚かれた。


「え、抹殺? 先輩を? なんでそうなるの?」


 きょとんとしてそう返すテルメアに侍女は矢継ぎ早に質問を重ねる。


「え、だって。あの恰好で晩餐に出て、しかも映像まで出まわったら一生ものの恥ですよ! 私だったら自殺します!」


 テルメアはフーンという感じであまり気にしていないようだ。

 瞳孔が開きっぱなしなので、聞こえているのかどうかもよくわからない。


「先輩はインフルエンサーなんだから服くらいあるでしょ」

「あるかもしれませんが、髪とかテーブルマナーとか」


 ドレスに袖を通しながら、テルメアが続ける。


「大丈夫だよ。先輩は先輩だから」

「その自信はどこから来るんですか……」


 聞けば、ナナシに出会ったのはダンジョンで一度だけだという。

 命を助けられたテルメアは一目ぼれしているのだろう。


 でも、それは今回の件と関係ない。


 ただの過大評価だ。


 確かにテルメアは類まれな実力を持つ勇者。

 そこは間違いのない事実だろう。


 でも、テルメアは仲間と共に歩むことはできなかった。

 剣聖も聖女も大魔導士も彼女についていくことはできなかった。


 それは勇者テルメアの信頼に耐えきることができなかったってことじゃないの?


 テルメアは上機嫌になって鼻歌を歌いながら鏡の前でくるくる回る。


「それにさ」


 テルメアの回転が止まる。


「先輩がマナーに疎かったなら、わたしが隣で教えてあげればいいじゃない。そのフォークはここで使うんですよ。とか、きゃっ。うまくいけばそこから進展するかもしれないし。ん~~~楽しみ~~~!」


 男尊女卑の根強い貴族社会でその行動がどれだけ男性の尊厳を破壊するか、ナナシ自身がなんとも思っていなかったとしても。それを見た人間がどう思うか。その結果、ナナシがどのような扱いを受けることになるか。このテルメアは知らないのだ。


 侍女が常識を説明しようとすると、執事のノックが聞こえてきた。


「ナナシ様がお見えになりました」

「行きます!!」


 侍女の声は届かず。

 女勇者テルメアはドレスのすそをつまんで元気に走り出した。

 

称号:インフルエンサーA【装備中】

称号:追放されしもの(アハト)EX、魔力逸脱者(測定不能)

スキル:生存自活(チュラル・ビースト・ワン)EX、チャーム(魅了魔法)

現在確認できている盗品

オーク語(低)、怪力B、見切りB+、掘削魔法C、解毒(古式)、ファイアアロー(槍)



NEW!!



盗品:意思伝達魔法(妖精)


対象にパスを繋いで思念を送り込む魔法。

パスを通じて相手の思念を読むこともできる。


便利だが使い方をまちがえると……?

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