おっさん、入城する

 王城ヴァラルに到着すると、フットマンが馬車の扉を開けた。


『うわ、人間すげー。よくこんなギラギラにできるっすね。目ぇ痛くなりそう』


 妖精のシルキーが続ける。


『あ。ナナシ、さっきからウチにパスつないだり切ったり繰り返してません? 何してんすか?』


 ただの練習だ。

 この意志伝達魔法は使いようによっては強力な魔法になる。


『ウチらはこれが基本なんで、よくわかんないっすけど。人間が使うと病むらしいんで気をつけるんすよ』


 ……だろうな。

 古来から妖精が人間の心を壊す逸話は多いがその理由がわかった気がする。


『別にウチらが何かしてるってわけじゃなくて、人間が勝手に絶望して自殺するだけなんすけどね』


 だからお前らはしゃべるなと言われているんだろうな。


『いいがかりっすー! まぁでもそれ。ちょっとそうかも』


 お互い無表情のままそんな応酬を続けながら王城の扉をくぐる。

 黙っていても話ができるのは便利だ。


「ナナシ様、お待ちしておりました」


 老執事がそう言って深く礼をした。

 俺は当たり障りのない言葉を言って無礼のないよう頭を下げる。


「すでにお伝えしているかと思いますが本日はぜひ配信をされたままお食事いただければと思います。王城ヴァラルの内部を見れるなど市井の方々には本来ありえぬこと。再生数とやらも伸びるのではありませんか?」


 笑顔のままそう告げる執事に俺も笑顔で答える。


「ご厚意、痛み入ります。では、シルキー」


『え、今からっすか!?』


 いいからやれ。


『なんなんすかそのクソ度胸。緊張とかしねえんすかあんた』


 そうは言われてもな。

 ダンジョンに住んでいた時の方がよほど死が近かった。


 確かにこれから選択次第で俺は社会的に死ぬかもしれん。


 だが、それがなんだ。

 最悪またダンジョンに戻るだけだ。


 失うものなど何もない。


 それに。

 俺はある意味で、とうの昔に破滅している。


 すべては今更だ。


 死人のような目でそう告げると、シルキーはげんなりした。


『地位も名誉も手にしてるやつが使う言葉とは思えねえっす。まぁ、でも。だからこそうまくやれてるのかもしれねえっすね。じゃ、やるかー』

 

 レコード妖精のシルキーが配信を始めると視界に変化があった。


”あ、映った!“

”映ってる映ってる!!“

”すげーーーここが王城ヴァラルか!!“

”こんな軍事機密公開していいのか?“

”ここは廊下っぽいですねー“

”王様に呼ばれるなんてトップインフルエンサーは違うな……“

”ナナシは本物だよ“


 なんだ。

 視界の端に文字が流れているぞ。


『通信水晶をハックしてコメントを視界に映るようにしてみたっす』


 シルキーがさらっとすごいことを言い出した。

 お前、そんなことできたのか。


『どんなに説得しても逃げてくれねえなら、少しでも情報を増やして切り抜けてもらうしかねえんすわ。がんばってくださいね! ウチのために!』


 シルキーのおかげでリアルタイムで閲覧者の声がわかるようになった。

 これは便利だが、あまり気にしすぎないようにした方がいいだろうな。


『え、なんでっすか』


 グランツ王の前で呆けているわけにもいかんからな。

 それに思考は別のところに割くことになる。


『ちぇー』


 俺は濁流のように流れる賞賛と驚愕のコメントを無視。

 シルキーから盗んだ意思伝達魔法を改造して新たに魔法・思考盗聴を作成。老執事にパスを繋ぐ。


(ああ、不憫だ)


 老執事の心の声が聞こえてきた。

 意思伝達魔法の効力を一方通行にし、こちらの思考が届かないようにした。


 こちらの方が使い勝手がいい。


(あの病気の勇者のせいで、この男は……。いや、私にできることは何もない。ただ職務をまっとうするのみ……不憫だ)


 病気の勇者?

 王や貴族たちが黒幕ではないのか?


『おっと、悪用はそこまでっす』


 俺の思考を読んだシルキーが続ける。


『人間は自分が知らない情報を知られると不安になるっす。だからそれで知った情報は人に言わない方がいいっすよ。それもあるから基本ウチらは黙ってないといけないわけだし』


『あと、似たようなことをして心を壊した人間はやっぱりいるんで。ほんと。ウチも今回の件が終わったらまただんまりモードに戻るっすからね。やっぱ、危ないわこれ』


 なぜシルキーがこんな性格なのかわかってきた。


 妖精の前では嘘やごまかしが通用しないので、本音も建前もない。


 だから常に本心で行動する。

 それで自己中心的でわがままな存在に見えるのだろう。


 自分が助かりたいのも俺を助けたいのも、すべて本心からくる行動というわけだ。


 ちらとシルキーと目があう。

 純粋で澄んだ目をしていた。

 

 俺とは真逆だな。


 お前が言いたいことはわかる。


 人間にとって心は聖域だ。

 触れられたくない箇所に無遠慮に触れてくるやつを誰も信用したくないだろう。


『うんうん、そうそう』


 そういう意味で思考盗聴はかなりリスキーな魔法だと言える。


『そのとーり、わかってるんじゃないっすか!』


 まぁ、思い切り使うがな。


『使うんかい!!』


 シルキーが我慢しきれず俺につっこんだ。


”おい、今。レコード妖精が変な動きしなかったか?“

”え? よく見てなかったけど“

”確かに変な動きしてたんだって!“

”そんなこと今はどうでもいいだろ。あ! あの調度品はなんだ!“

 

 濁流のように流れるコメントの中に一瞬、そんな文字が見える。

 シルキーも気づいたのか真っ赤になって頭から湯気を出していた。


 かわいいやつめ。


 俺は老執事に連れられて食堂へと進む。



 人の心が読めるようになったくらいで、俺は何も変わらない。

 黙っていることにはもう慣れたからな。


 せいぜい、行けるところまでいってやるさ。


称号:インフルエンサーA【装備中】

称号:追放されしもの(アハト)EX、魔力逸脱者(測定不能)

スキル:生存自活(チュラル・ビースト・ワン)EX、チャーム(魅了魔法)

現在確認できている盗品

オーク語(低)、怪力B、見切りB+、掘削魔法C、解毒(古式)、ファイアアロー(槍)、意思伝達魔法(妖精)



NEW!!



盗品:思考盗聴魔法(改造)


妖精の意思伝達魔法から一部の機能を削ぎ落したもの。

パスを繋いだ対象の思考を一方的に盗聴することができる。


非常に強力な魔法で過去にも同様の魔法を獲得した人間はいるが、ほぼ全員が発狂して自傷したり、山奥に隠遁したり、心を壊して幼児退行したりしており。現代においてもおとぎ話として伝わっている。


妖精たちが人間とほぼ会話をしないのは、こうした事故を防ぐためであった。


別名:妖精の祝福、または呪い


なお、思考盗聴を防御する方法はいくつか存在する。


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