おっさん、妖精に素性を気づかれる


 食堂に着くと大量に並ぶ丸テーブルに着席した貴族たちがこちらを見る。


”やべえええ“

”こんなとこ来て大丈夫か?“

”思ってたよりマジなやつだった“

”どんな飯が出るんだろうなぁ“

”あちらの貴族様はですねぇ“


 平和なコメントが流れていく。


 給仕にテーブルへ誘導されると、グランツ王、太った樽のような貴族、そして瞳孔が開きっぱなしの女が着座していた。


 このドレスの女はなぜずっと俺の方を見ている。


 確かに周囲の貴族たちも俺を見ているが何か視線の質が違う気がする。


「よくぞ来られたナナシ殿、今日はゆっくり食事を楽しんでゆくといい」

「お心遣い、感謝致します。グランツ国王陛下」


 因縁の相手と言葉を交わす俺。


 グランツ王……。

 俺が追放された原因である職業適性診断を広めた一人。


 そう考えると思うところはあるが、やはり今更だな。

 

「うぉっほん!」


 次に樽のような貴族がわざとらしく咳ばらいをした。


「私は男!爵!のセドリック・ラドクリフです。今後ともよろしく」


「ただの配信者。ナナシだ。至らぬところもあると思いますがどうかご容赦を」


 セドリックはにっこぉと笑って握手を求めてきた。応じておくついでに思考盗聴魔法のパスをつなぐ。


『たかだか平民風情が調子にのりおって! 市井で人気があるらしいが、国王陛下は本来お前のようなものと食事を共にされるようなお方ではない! 貴族との格のちがいを教えてやるわい!! ふぁーはっはっは!!』


 なるほど、このセドリックとかいう男爵。

 性格が悪い。


 隙あらばマウントをとろうと考えているな。


『だから病むからよしとけって言ってるじゃないっすか。あと、オウサマは対妖精防御アミュレットで固めてるからパス通らねえっすよ』


 レコード妖精のシルキーが忠告する。

 流石に王ともなると妖精対策をしているのか。


 まだまだ俺の知らないことがたくさんあるな。


「セドリックは5年前、辺境伯アルフレッドの元で武功をあげ爵位を得た男爵だ。市井に長くあったから話も弾むだろう」


 セドリックが再びにっこぉと笑う。


 貴族の階級を考えれば市井で名をあげたことで爵位を得た場合、男爵スタートだろうから。俺の相手をするのも男爵ということなのだろう。


 そういう意味ではこのセドリックという男爵も本来、グランツ王と食事を共にできるような男ではない。


 いきなり王が出てくること自体かなり不自然な状況なのだが、グランツ王はそこらへん気さくだからな。

 

「わたしはテルメアです。どうぞよしなに」

「ご丁寧にどうも、しがない配信者をしておりますナナシです」


 先ほどからずっと俺を見つめ続けている目がイッた女がしずしずと頭を下げる。

 

”この人、美人だけど目がやばくない?“

”瞳孔が開いてるんだよなぁ“

”おい、失礼だぞ“

”どこの令嬢かもわからないんだから、ヘタするとギロチンだからな“

”ここが匿名でよかった“

”やめろこわい、追跡されるかもしれないだろ“

”いやでも、本当。目がさぁ“


 テルメアが頭をあげ、微笑を浮かべる。

 恋する乙女か酷薄な殺人者の笑みに見える。


『げっ、こいつ病気だ……』


 シルキーが口元に手を当てて少し高度を下げた。


 病気? 少し盗聴してみるか。

 俺がパスを繋いだその時、波濤のような意識が流れ込んできた。


『先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き! 先輩好き!』


 ぐっ……!!

 頭が割れそうになったのでパスを切断する。


 なんだこの女は。

 なぜ俺に強烈な好意を抱いている……?


 先輩とはどういうことだ。

 冒険者時代の後輩……?


 だとすると、俺の職業適性が盗賊であることを知っている人間ということになり。普通に爆弾なんだが身に覚えはない。


 いや、どこかで会ったような。


『あの、ナナシ。ちょっと思ったんすけど』


 俺は王や貴族や令嬢と歓談しながら、シルキーとも思考でやりとりする。


『あんたの生存条件、かなり厳しくねえっすか?』


 ……ああ、気づいたのか。

 誰にも知られてはならない俺の秘密に。


 まぁ、それはそうだよな。

 お前は俺の心が読めるのだ。気づかない方がおかしい。


 笑顔の貴族に当たり障りのない言葉を言いながら、シルキーへの言葉をいくつか考えて、やめた。


 どのみち妖精に隠し事はできないのだ。


 おそろしいな。

 王よりも貴族よりも、瞳孔が開いた令嬢よりも。


 すべてを見通す妖精は脅威だ。

 今、王たちにやっているようなうわべの言葉が一切使えない。

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