おっさん、妖精の心を盗む
シルキー。お前には話しておくが、俺は自分の職業適性が盗賊であることを隠し続けている。バレれば犯罪者として迫害され、社会から追放されるからだ。
シルキーが息を飲む。
どうせ遅かれ早かれ気づかれるなら、自分から伝えた方がマシだ。
全部説明してやる。
まず前提としてお前ら妖精はその気になれば俺の秘密を知りえるし。
次に過去に俺と会ったことがある人間も俺の秘密を思い出しかねない。
これまでは髪や髭で素性を隠すこともできたが、今回の件で切らざるをえなくなったからな。今となっては気づくやつも出てくるだろう。ランピックあたりはもう気づいているんじゃないか。
ちなみにグランツ王にもギルド長時代に会ったことがあるから、この食事中にバレるかもしれん。
『ダメじゃないっすか、なんで食事会に来たんすか!』
王の申し出を断ればその時点で不敬罪、極刑もありえる。
俺は死亡確率が低い方を選んでいるに過ぎず、死神の鎌は常に首元に添えられているわけだ。
これを完全に回避する方法は、ない。
もっとも。配信者として有名になるほど身バレしやすくなり、終わりに近づくのはわかりきっていたことだ。
『? ……!? ダメだ。人間、全然わかんねえ。どういう精神だったらそんな状態で平然としていられるんすか。今、この瞬間も誰かに見られてるんすよ? いつ誰が思い出すかなんてわかんないし。やらないけど、ウチが裏切ったりしたら……』
それがどうした。
どんなものにもいつか終わりは来る。
それだけのことだ。
シルキーが信じられないものを見るような目をしていた。
……。ふむ。
すまないが少し放っておいてくれないか。俺にも心はある。
『あっ、ごめんっす……』
俺がしおらしいことを言ってパスを切断するとシルキーは黙り込んだ。パスを繋ぎ直す気配もない。
コメント表示機能は継続しているようだが別回線なのだろう。
魔法で回線も精査済みだ。
今なら俺の思考は読まれない。
俺は瞳孔が開いた令嬢の挨拶に笑顔で対応しながら、心の中で息をついた。
よ、ようやく制限なしで思考できる。
……正直、シルキーの読心がかなり厄介だ。
この状況、俺はすでに詰んでいるといえる。
先に自己開示して同情を引いて思考時間を稼いだのは正解だが、これは一時しのぎでしかない。
思考盗聴魔法を利用すればここから先の難易度はだいぶ下がるが、俺が心を覗いて立ち回っていることがシルキーから広まれば問答無用で破滅する。
いや、思考盗聴魔法を保有していると広まるだけで人々は俺に猜疑心を抱くだろう。
心に絶望が巡って逆に穏やかになってきた。
……考えるまでもないことだが、シルキーを殺害するのは下策だな。
妖精はシルキーだけではない。無意味なことだ。
何か別の手を。
温かいベッドと安全な食事。
今のまともな生活を守るためにも、早急に手を打つ必要がある。
最悪、ダンジョン生活に戻るだけだがそれは最悪の場合だ。
テーブルに料理が運ばれ、視界の端では俺を賞賛するコメントが流れていく。
すごいだの、真似できないだの、最強だの。
呑気なものだ……。
思考盗聴がなくとも、遅かれ早かれ俺の素性は気づかれる。
ならばその前にできる手はすべて打っておくべきだ。
面白くなってきた。
これは一種のギャンブルだな。
掛け金を釣り上げるぞ。
俺は無意識下にいくつかの思考制限をかけつつ、シルキーにパスをつなぐ。
シルキー、さっきは悪かった。
こんな活動をしている手前虚勢を張っているが、実のところ俺も結構限界なんだ。こんなことを話せたのもお前が初めてでな。正直、感謝している。
『ナナシ……』
こんないつ破滅するかもわからん状況だと手段を選んでもいられない。まぁ何をしたところで無駄なのかもしれんが、できることはしておきたいんだ。
だから、どうか俺が人の心を読むことを見逃してくれないだろうか。
少しの沈黙の後、シルキーはこう答えた。
『うん、わかった。ウチ、ナナシのことけっこう好きだし。内緒にしてやるっす!』
ありがとうシルキー。
恩に着るよ。
称号:インフルエンサーA【装備中】
称号:追放されしもの(アハト)EX、魔力逸脱者(測定不能)
スキル:生存自活(チュラル・ビースト・ワン)EX、チャーム(魅了魔法)
現在確認できている盗品
オーク語(低)、怪力B、見切りB+、掘削魔法C、解毒(古式)、ファイアアロー(槍)、意思伝達魔法(妖精)、思考盗聴魔法(改造)
NEW!!
スキル:絶望A+
希望がなくとも平然としていられる精神性がスキルとして表現されたもの。
ある種の激つよメンタル。
強力な希望耐性と絶望耐性を得る。
誰もが調子にのっておかしくなってしまうような成功をおさめても、破滅が目の前に転がっていても、不条理に踏みにじられても、混乱を最小限に抑えて行動できるようになる。ただし、代償として目が死ぬ。
生存困難な環境で命を繋ぐ複合スキル、生存自活(ナチュラルビーストワン)に含まれるスキルの一つ。
ちなみに低ランクの絶望は発狂、錯乱、妄想や意識の混濁を発生させるマイナススキル。効果が反転しプラスになるのはランクBから、ナナシのA+はそれらを乗り越えた証でもある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます