おっさん、男爵の心を盗む
二羽の鳥を象った焼き菓子が運ばれてきた。
テーブルには皿を囲うようにフォークやナイフ、スプーン。そして東洋で箸と呼ばれる木製でできた食器がズラリと並べられている。
中央に位置する皿に対して上下左右に食器が並んでいるので、比喩ではなく本当に囲われている。
なお、右前にグラスが5つあり、そのうちの一つに水が注がれていく。
「ふふふ、市井の方には少々難しいですかな?」
男爵のセドリックがにっこぉとした顔でこちらにウインクしてくるが。
(やっべえええ何コレェ! ウチで勉強してきたのと全然ちがうんだが!?)
思考盗聴魔法を使うとセドリックが内心、めちゃめちゃ困惑していることがわかった。
お前にもわからないのか。
”これ、どうやって食べるのが正解なんだ?“
”なぜこんなにたくさん食器を用意するんだ? 武器なのか?“
”貴族の生活ナニモワカラナイ“
”緊張で気持ち悪くなってきた“
”食器は両端から使うって聞いたことがあるぞ“
”でもなんか上とか下にもあるじゃん、あれはなんなんだ“
”没落貴族だけど、俺にもわからん“
”わかんねーのかよ!“
”ダンジョン生活してたナナシ、ピンチ!“
コメントを見てみたが誰もわからないらしい。
貴族にもわからないテーブルセットを出してくるな……。
これはグランツ王が本気で上下関係を叩きこもうとしてきている可能性がある。
冒険者は腕っぷしがあればだいたいなんとかなるが、ここにおいて筋力は役に立たない。
俺はかつてギルド長として食事に招かれた時のことを思い出す。
だいたい前菜、スープ、魚、肉、デザート、紅茶と小菓子といった構成だが、確か前菜前にこうして一口料理が運ばれることもあった。
その時にどの食器を使えばいいかだが、それはその時による。
ナイフフォークの時もあるし、スプーンの時もある。
パーティ慣れすればわかるのかもしれんが、俺の経験ではわからんな。
そうこうしているうちに焦ったセドリック男爵が両端にあるナイフフォークで鳥の焼き菓子を切り始める。
テーブルセットの両端から使用していく基本に則ったのだろう。ナイフが入った鳥はぼろぼろに崩れてしまった。
セドリックはにこやか顔を崩さないが、思考盗聴魔法によるとめちゃめちゃ焦って冷や汗をかいているのがわかる。
「ナナシ様」
瞳孔が開いた令嬢が話しかけてきた。
手には鳥の焼き菓子の一羽がある。
「この鳥はオシドリと言って、生涯伴侶を変えない仲睦まじい鳥だそうです。今日という日にぴったりだと思いませんか?」
そう言って、つまんだ鳥をそのまま口に入れて咀嚼する。
ガリッザリッガリリッ。
瞳孔が開いているので普通に怖い。
俺に伴侶も恋人もいないし、今は結婚式ではない。
急に呼びたてられて来た身だ。
今日という日にぴったりと言われてもどういう意味なのかわからん。
思考を読もうとしても「俺のことが好き」という情報が膨大に流れ込んでくるばかりで、それ以上何もわからない。
『こいつ、ウチらのこと言ってるんじゃねえんすか? 仲良し鳥の半分を食って引き裂いてやるって言ってるんすよきっと。てことはサイズ的にウチが食われるんすか!?』
レコード妖精・シルキーの意識が送られてきた。
気にしすぎだ。
さっきシルキーは俺といい雰囲気だったから、それに引っ張られているのだろう。
妖精は心を読むことができるからこそ「心が読めない相手」への理解が苦手なのかもしれない。
俺たち人間は相手の心が読めないからこそ、曖昧な言葉ではぐらかすし。
だからこそうまくいくこともある。
「なるほど、そうかもしれませんね」
俺は令嬢にどうとでもとれる返事をして、令嬢と同じように鳥の焼き菓子をつまんで食う。
令嬢から強烈な闇色の喜色が発せられたような気がするが気づいていないフリをしておく。
そんな俺たちを見たグランツ王は静かな笑みをたたえて、焼き菓子をつまんで食べた。
唯一、ナイフフォークを使ってしまったセドリック男爵が顔面蒼白になってレコード妖精のシルキーを見る。
給仕が後ろからすっと現れ、セドリック男爵が間違えて使ったナイフフォークを回収し、新しいものをセットしていった。
「うぐぐ」
真っ赤になってうずくまるセドリック男爵。
これはつらい。
どうやら俺は男爵を公開処刑してしまったらしい。
”え、男爵がテーブルマナーを間違えた……?“
”そんなことあるんだ“
”貴族なのになぁ“
”いうて男爵だから“
”やめとけ不敬罪で殺されるぞ“
”男爵だって人間なんだよ“
”貧乏な貴族だっているんです!“
”元々セドリック男爵は武功をあげて叙爵された方なので、尊い血筋である我々と同列に見てもらいたくはないですな“
”偽物乙“
プライドの高い貴族が公共の場でこうも煽られたら、とばっちりで俺が処刑されかねない。
コメントを書いている奴らは匿名だから大丈夫だろうが、顔出ししている俺は思い切り矢面に立つことになるだろう。
俺がまだ生きている理由があるとすれば、それは男爵がまだコメントに気づいていないというだけだ。
この食事が終わったらこのコメントも男爵の耳に入るだろうから、このまま放っておいたら俺はジ・エンドだな。
強制お食事会を断れば社会的に死。
お食事会で貴族に負ければ露骨に序列をつけられて首輪をはめられ。
お食事会で貴族に勝てば不敬罪で死。
選択肢がまるでないように見える。
貴族の食事は死亡フラグが多すぎるぞ。
ダンジョンより危険なのではないか。
こういう場所での鉄板は「余計なことをせず黙っていること」だが、この場合は何もせずにいると死ぬ。前に出るべきだ。
「セドリック男爵。お気をつかわせてしまい、申し訳ありません」
俺の言葉にセドリックが内心「えっ」と思いながら、思慮深そうな顔をこちらに向ける。
通常であればセドリックが何を考えているのかわからず警戒して見捨てるところだが、今の俺には思考盗聴魔法がある。
セドリックは緊張からうっかり間違えただけで、今は本気で不安になっている。
罠がないなら簡単だ。
「男爵は失敗しそうだった俺を見て、あえて緊張をほぐしてくださったのですよね?」
セドリックの心が一瞬硬直し、急激に思考を巡らせ、安堵した。
髭を蓄えた顔をほころばせる。
「ふぉっふぉっふぉ、そういうのはねぇキミぃ。わかっていても黙っているものなんだよぉ? いやぁ、それにしても誠実な好青年ではないか。んんー? 今度うちの領地に遊びに来ない? 広いぞぉ!」
俺は肘で軽く小突かれながら「ぜひ、お邪魔させてください」と笑う。
「これ、酒をもたんか酒を」
二人で酒杯を掲げ、仲良しアピールをしているところをシルキーに撮ってもらう。
貴族と仲がいい配信者という人類初の存在が、ここに爆誕した。
”男爵がナナシを助けたってこと?“
”貴族だ“
”公共の場で新参者を守るために身を挺するとは男爵の鑑“
”ナナシどこで間違えそうになったのかわからん“
”たぶん一瞬だったんだろ“
”レコード妖精も今回はナナシっていうより料理の方を映してるしな“
”ナナシどんどん成りあがっていくな“
強制お食事会を断れば死。
お食事会で貴族に負ければ露骨に序列をつけられて首輪をはめられ。
お食事会で貴族に勝てば不敬罪で死。
なら簡単だ。
貴族に勝たせて俺も勝てばいい。
それだけのことだ。
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