おっさんたち、レッドドラゴンと戦う1


 アッシュウッドの森にて。


 俺が馬車に乗り込み、フェリたちに指示を出していると遥か遠方から激く争う音がした。

 これは、金属音と光属性の魔力反応か?


「ん、どうしたんだ?」


 流石にこの距離だとフェリたちには気付けないらしい。


 何者かが戦っているようだが、こちらに介入してくる様子がないなら今は放置するか。


「いや、気の所為だったようだ。全員、作戦は理解したな!」


「はい!!」


 馬車の荷台にはフェリ、アリア、タルト。

 御者台にはクロエ。


 そして、馬の隣にはテルメアが立っている。


 レコード妖精のシルキーは基本俺の隣だが、いい画を撮るためなら自在に動いていいと言ってある。


“作戦気になる“

“ドラゴン退治wktk“

“どうやって倒すんだよ。あんなの“


 ちなみに作戦は視聴者には内緒だ。

 ネタバレすると面白みがないからな。


 縦横無尽に暴れまわるレッドドラゴン三体を見上げて、テルメアが目配せをしてきた。

 ちなみにテルメアには何の指示も出していない。


「ナナシ。わたしはしばらく戻れません。なので」


「いいんだ。わかっているさ」


 黙っていても伝わっている。

 即ち、以心伝心。


 その事実がテルメアの心臓を脈動させた。


 鼓動と呼応するようにテルメアの瞳孔が開き、きゅっと閉じる。

 

「思い切りやれ!」


「はい!! 先輩!!」


 テルメアが走り出すと同時に俺は解説を始める。


「それではまずブラックランクのテルメアさんがどう立ち回るか見てみましょう!」


 ドラゴンたちはこちらに気づいていない。

 怒りに任せて森を焼き払うのに夢中だ。


 だから、初手はこれが最適となる。


「アハッ! アハハハハハハハハッ!」


 テルメアが狂気を発しながら、強く踏み込んだ。


 超跳躍。

 レッドドラゴンが飛ぶ上空へと一直線へ跳んでいく。


“は?“

“飛んだ……?“

“冗談だろ“

“こんなのってある?“


 突如飛来した女勇者の存在にレッドドラゴンが気づいたのも束の間、すり抜けざまに首元を剣が抜けていく。


「絶剣……収束!!」 


 ズギャギャギャギャギャギャギャギャ!!

 ズパァン!!


 竜の首が飛ぶ。


 一撃必殺。

 レッドドラゴンは死んだ。


“はぁぁぁぁぁ!?“

“で、できるかこんなの!“

“ていうか、これができるならグリーンドラゴン倒せたじゃん!“

“テルメア無敵か?“

“これがブラックランクの実力か“


 テルメアの狂気の瞳と残り二体のレッドドラゴンの視線が一瞬交差し、そのまま遥か遠くへテルメアはすっとんでいった。


「とまぁ、こんな感じです。まるで参考になりませんね~~!」


“あんなの無理だよ“

“何がどうなってるのかわからないよ“

“規格外すぎる“

“それな“


 すっとんでいくテルメアの思考を追うと「すみません、先輩。あとは頼みました」とつぶやきながら、俺の思考盗聴の範囲外へ到達した。心も読めなくなる。


 魔王暗殺においてテルメアに仲間がついてこれなかった理由はこれだろう。

 確かにテルメアの戦闘力は凄まじいが、あの戦い方では仲間を守れない。

 

 だからと言って、俺はテルメアに自分を変えろとは言わない。


 長所と短所は表裏一体。

 テルメアの短所を潰した場合、長所もまた潰れてしまうからだ。


 ズドォンと、レッドドラゴンの身体と頭部が落下する。

 仲間を殺され、テルメアの跳躍地点をギロリと睨む二体のドラゴンはしっかりと俺達を視認していた。


「ギャオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ギャゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 轟く叫びに、馬車が揺れる。


“こわああああああ!“

“こええええええ!“

“吠えられてるだけで馬車ガタガタ揺れてない?“


「頭が割れる……!」

「~~~~~ッ」

「あんなの、やばすぎです」


 フェリ、タルト、アリアが轟音に耐える。

 クロエはすました顔で耐えているが、内心は混乱と高揚でぐちゃぐちゃだ。


 ついでに言うと、二体のレッドドラゴンに上空からブレス攻撃を繰り返された場合。俺に対抗手段はない。


 縦横無尽に飛び回れる竜に遠距離精密攻撃するすべも、絶えず浴びせられるブレスを回避する機動力もないからだ。


 つまり、こいつらをうまく指揮できないと死ぬ。



「ちなみにテルメアがうまくいったのは、不意打ちだからですね~。今から同じことしても迎撃されます」


 俺はいつも通りの口調で配信を続け、仲間の混乱を減衰させつつ耳を澄ます。


 カッ、カッ、カカッ。

 

 小さな音と共に二体のレッドドラゴンが鎌首をもたげた。

 レッドドラゴンが口にある火打ち石で体内のガスを点火している。


“だめじゃん!“

“どうするんだよ!“

“まじょパン:なんか今、やばい音しなかった?“


 俺はコメントを無視して、クロエに指示を飛ばす。

 

「レッドドラゴンに向かって全力前進!」

「あ、は、はい!!」


 クロエが即座に反応し、レッドドラゴンに向かって馬車を走らせる。


 配信を続けることで盤外からの攻撃を予防できるのは大きなメリットだが、配信を続けている限り、クロエの気持ちひとつで社会的に殺されるリスクを負うことになる。


 クロエの舌が都合の悪いことを紡ぐ暇がないよう、常に指示を出し続け、思考力を奪う必要があるわけだ。


 つまり、今必要なのは……臨場感だな。


 ゴォウ!!

 ゴアアアアアアアア!!


 レッドドラゴンがファイアブレスを吐き、先程まで馬車があった地点が炎に飲まれていく。


“ギリギリ!“

“ギリギリ回避!“

“危ねえーーー!!“



 ファイアブレスは俺達がさっきまでいた場所を焼くばかりで、こちらを追ってくる気配がない。


「あ~、これがドラゴンブレスの躱し方ですね~」


 滞空しているレッドドラゴンの下へと馬車が進んでいく。

 ドラゴンたちは俺達に気づいていない。


“え、なんで大丈夫なんだ“

“ていうか、ドラゴン気づいてなくない?“

“なんでだ“


 なかなか斬新なコメントだなと思ったが、みんな不思議がっているので一般人はそう思うものなのかもしれない。


 解説を入れておくか。


「一般人は本能的に後ろか横に逃げようとしてしまうんですが、それは悪手です。どんなに後ろに逃げてもまるっとやられるだけなんで。怖いかもしれませんが、勇気を出して前に出てみましょう!」


「いや、何も前じゃなくても!」

「せめて横に逃げませんか!?」


 フェリとアリアが抗議してくる。

 実物を前にしているからか、敵に近づくという行為を本能的に恐れているのだろう。


 はぁ、少し考えればわかることだろうに。

 いらだちを噛み殺して、俺は笑顔で解説を続ける。


「横もダメではないですが下の方がいいですね~。ドラゴンの目は口より上についていますからブレスを吐いている間は上と横しか見えません。つまり死角は下だけです。横に逃げても追跡されるだけなんで、やはり死にたくなければ下ですね!」


“へ~~~~~~!“

“確かにそうだ“

“ブレス攻撃で視界が制限されるなんて考えたこともなかった“

“さすナナシ!“

“さすが!!“


 ドラゴンとの戦闘において絶対に覚えておかなければならない基礎知識なのだが、どうも一般的には知られていないことだったらしい。


 普通に生きてればドラゴンと戦うことなんてないだろうから、そんなものか。


 レッドドラゴンは完全に俺達を見失っていた。

 クロエが駆る馬車が二体のレッドドラゴンの真下をくぐり抜けていく。

 

 次は反撃だ。

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