おっさん、説明する



 忙しなく働き続ける冒険者たちを眺めながら、俺は続ける。


 別に俺だけでもダンジョンを制圧することも、アッシュウッドの森の護衛をすることも、魔術工房を運営することも、怪我人を癒やすこともできる。


 器用な方だからな。


 ギルド運営だろうが冒険者たちの食事の手配だろうが竜殺しだろうがやってのけるだろう。


『事実なのがむしろむかつくっす』


 レコード妖精のシルキーに続ける。


 だが、俺は一人しかいない。

 一つ一つは可能でも、すべてを同時にこなすことはできない。


 どこかで他人を信じ、任せる必要があるのだ。


『人によく思われたいとかじゃなくて、結構実務的な理由だったんすね』


 まずは実際にやってみせる必要があるので、初期は果てしなく忙しかった。


 ダンジョンを制圧し、アッシュウッドの森の護衛をし、飯を作り、住処を用意し、工房を作り、怪我人を癒やしつつ、夜襲を仕掛けてきた竜を殺さなければならなかったからな。


 ようやく資材運びに参加できる程度の余裕が出てきた。

 長かった……。


『資材運びができる経営者が有能だって言ってたのは……』


 重要な思考タスクを部下に割り振ることができている証拠だからだ。

 ようやく俺の身体が空く程度に人が育ってきた。 


 優先度が低かったので後回しにしていたが、資材管理に目が届くようになれば横領対策になる。手法を確立できればまた人に仕事を割り振れるだろう。


 財産の管理は重要だ。


 労働力がそうであるように金集めそのものも割り振れるのではないかとクラウドファンディングを始めてみたが、こっちはそこまでうまくいってはいないな。


 真新しい技術だからか、怪しい新規事業だと思われているからか、目標の金貨100枚にも届いていない。


 それはそれで「金を出したい」と思っている人間が誰かわかるのだから、十分に価値のあることだが。


『ナナシ、やっぱすげえっすね……。全然わかんなかった』


 今でこそこんな偉そうなことを言っているが、ギルド長時代の俺はその器用さにかまけて何でも自力で解決してしまいがちだった。


 人に任せても自分よりうまくはできないし、自分で解決した方が早かったからだ。


 今思えば、ランピックがギルドから追放したのは俺自身にあった傲慢さが原因だろう。


 俺が他者の失敗に対して寛容になれたのは職業適性が盗賊だと宣告されたせいで、社会から追放されたことが大きい。


 盗賊扱いされ、銀行口座すら持てなくなった俺はフェリやテルメアという他者に頼らざるをえなくなった。


 またいつどこから秘密が漏れるかわからない状況下では、たとえ裏切られる可能性があったとしても他者を信じる他なかったのだ。


 当初はそれが以外選択肢がなかっただけだが、今ならこれが最適解だったのだとわかる。


 他者を信じること。


 かつての俺にはそれが足りなかった。

 俺はただ、何でもできるだけの人間でしかなかったのだ。


『見てて思うんすけど、ナナシって別に道徳で動いてるわけじゃねえんすよね。人にやさしくするべきだからとか、神様が見ているからって理由で行動してない』


『ただ、こうした方がうまくいくからってだけなのに。こんなにきれいなカタチになるんすね』


 シルキーが何か美しいものを見るような目でこちらを見る。

 俺にはシルキーの心は読めても何を考えているかまではわからない。


 その目に映る世界は俺が見ているものと違うからだ。


 生まれたからずっと心を見続けてきた妖精が続ける。


『盗むって言葉。悪いイメージあるっすけど。善悪って立場によるから本質的にはもう少し違うものだと思うんすよね』


『本当にうまく盗んでもらえるなら、盗まれたくなるっゆーか』


 抽象的だが、わからなくもない。

 盗みという行動から善悪の概念を除き、可能な限りフラットに言語化するなら、そこにあるのは価値の移動だ。


 差し出したくなるとは少し違う。

 一方的に奪われたくなると表現した方が近い。


 これまでの俺は弱さや強さを見せて心を盗むことが多かったが、これは盗みの本質ではないのかもしれない。


 ん、そうだ。

 面白いことを考えたぞ。

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