王様、皆殺す


 人格とは何だろう。

 魂とは何だろう。


 人が人であるとは何だろうか。


 その男は不老不死を目指す過程で、それを「記憶」と定義した。


 考えてもみて欲しい。

 たとえば、君にも大切な記憶。忘れてはならない記憶があるはずだ。


 それによって君の選択は考慮され決定される。

 人は過去から学ぶと言うが、そのもっとも身近なものは経験であるからだ。


 では、わずか40年ばかりの記憶に1000年分の記憶が投入された場合どうなるか。

 40年は1000年の中に溶け決定権を失う。


 そして1000年が顔を出すのだ。



 グランツ王国、王城ヴァラルのホールでパーティが開かれていた。


 内容は不明。

 しかし、集められた家臣や貴族たちは目の前に設えられた高価な銀器を眺めて嬉々としていた。


「どうやら王は我らの嘆願に耳を傾ける気になってくれたようですな!」

「どこの馬の骨かもわからぬインフルエンサーだの、隠し子だのを優先されてばかりでは困りますからなぁ!」


 パーティに招かれたのは家臣ばかりではない。

 王の妻、第一から第四の王子までいる。


 これを考えれば先に隠し子として第五王子の座についた隠し子バクスターについての釈明か、釈明しないまでも「これからも皆のことを優先する」という意思の現れだろう。


 パーティの内容が明かされていないことに疑問はあるが、王は生来気弱な気質。

 周囲が騒ぎ立てて文句を言えば何だかんだ言うことを聞いてくれる。


 家臣の中にいけすかないものが居れば、王に謀反を企てていると告げ口し。勇者が用済みとなれば危険性を吹き込む。


 その結果、暗殺という手段に出るかどうかは王の決めること。

 周囲で囁いただけの我らには何の咎もないというのが共通の認識だった。


 グランツ王国を束ねる王はいわば傀儡。

 実質的に王を操っているのはその家臣たちであった。


 王がやりすぎて王の座から引きずり降ろされても王子が王になるだけだ。家臣たちは次の傀儡を得るべく第一から第四王子につき熾烈な宮廷争いを繰り返す。

 

 そんな家臣たちにとって、自分たちへの従順を示すこのパーティは悪くないものだったのである。


「それでは注がせていただきます」


 侍女の一人がそう言って酒を持った時、王が静止した。


「いや、わたしがやろう」


「そ、そんな。グランツ王自ら……」


「かまわぬ。どうやら最近のわたしは家臣への礼が甘かったようだからな。王が王として在れるのはそれを支える皆の力によるもの。これは自分自身への戒めでもあるのだ」


 王がそのように殊勝なことを言ったのはいつぶりだろうか。

 家臣たちが惚れ惚れする中、侍女は自分に注がれる王の視線に動揺した。


 いつもの貼り付けたような笑顔でも、時たま見せる怯えでもない。

 その瞳には祖父が娘に見せるような愛情があった。


(……この感情は何?)


 侍女は混乱したが、有無を言わせぬ圧力に屈して正しい所作に徹した。


 恭しく酒瓶を渡す。

 王は手早くコルクを抜き、酒瓶の口を手で覆うようにして香りを確かめる。


「芳醇な良い香りだ。我が国もこのようにあらねばならぬ」


 王が家臣と王子、そして妻の酒杯に赤ワインを注ぎ回る。

 後ろには次のワインを抱えた侍女がアヒルの親子のようについて回っていた。


「ククク、次は我らの足でも洗ってくださるのかな?」

「いくらなんでも不敬であるぞ」


 のぼせ上がったものの声もする。


「まぁまぁ、しかしうまそうなワインであることは確かだな。どれ」


 貴族の一人がワインに口をつけようとした瞬間、ローブの女が現れ刃を口元に突きつけた。


「お飲みになるのは乾杯の後になさってください」


 王下直属暗殺部隊、レガシーの一人だ。

 貴族が酒杯をテーブルに戻すと、藍色の長髪をローブで隠し暗殺者の女が消えた。


 まずい。

 会話を聞かれていた。


 先の失言はいずれ王の耳に入るだろう。

 どう取り繕えばいいものか。


「足を洗うというのはかつて聖人が信徒にされた敬虔な行いで……」


 上滑りするような声で言葉を濁す。


 妙だ。

 あの王になぜここまで警戒しなければならない。


 へりくだるようでいて、以前のような詰めの甘さがない。 

 貴族が違和感をおぼえていると王が酒杯を満たしきり、玉座に戻っていた。


 慣れないことをしてこぼしてしまったのか、礼服が少し赤く汚れている。


 血痕を連想させるような位置なので一見残酷に見えるが、王がユーモアたっぷりに笑って肩をすくめるので不思議と気にならない。


 王が酒杯を掲げる。


「それではグランツ王国のさらなる繁栄を祈って……乾杯!!」


 家臣たちが貴族たちが王子と妻たちが一斉に酒杯に口をつけ。

 血を吐き、悶え苦しんだ。


「ぐああ!」

「がはっ、う。うああああ!」

「灼ける、身体が、灼け」

「なぜ、なぜですか王よ」

「父上、ちち」

「あなた。なぜ私まで」


 毒だ。

 即効性の毒が身体を蝕み急速に命を刈り取っていく。


 グランツ王は口髭を赤に濡らしながら、玉座から立ち両手を広げる。

 世に羽ばたく鳥のように清々しい相貌だった。


「さぁ、繁栄を始めよう!!」


 被害者たちの中にも生き残りはいた。

 ワインに口をつけたものの、一口目を飲まなかったものたちである。


 生き残った第二王子のアシュレイが悶える家臣たちを踏み潰しながら、外へ逃げようとする。


 王への説得はあきらめた。

 家臣を殺し貴族を殺し、子と妻を殺した狂王に何を言っても無駄だ。


 今は一刻も早くここから逃げ。信用できる者と共に辺境に落ち延び……。


 視界が赤く染まる。

 呼吸ができない。

 背中が燃えるように熱い。

 

 そして、痛みがやってきた。


「ぎゃああああああああああああ!」


 振り向けど何も見えない。

 いや、わずかに空間が歪んでいるように見える。


 あれが話に聞く王下直属暗殺部隊の透過装備か?

 見れば、あちこちで生き残りが殺されている。


 見えないものに押さえつけられ、動きがとれなくなる。


「やめろ。俺は王子だぞ。俺が」


 言葉も虚しく第二王子アシュレイは首をかき切られた。

 

 

 透過装備に身を包み、状況を観察していた暗殺部隊。

 13人のレガシーは混乱していた。

 

 彼ら彼女らは何もしていない。

 毒殺も掃討も命じられていない。


 命じられたことがあるとすれば、乾杯前に酒杯を傾けようとするものを止めるように言われたくらいだ。


 一体何が起こっている。


 玉座を見上げると、王は湧き上がる悲鳴を聞いていた。

 目を伏せ口元に笑みを浮かべながら。


 それは産声をあげる赤子の声に耳を澄ます老爺のようでもあった。



 称号:グランツ王A++【装備中】


 スキル:グランツ王の血A++、魔術触媒S、同位体A++、夢の残滓C、剣術B、王の所作A、カリスマB→E-、臆病C、民への感謝C、グランツ王国への愛B、偽装C、内政E、人徳C、冷酷B、殺人教唆B



 グランツ王の血A++によって一時的に追加されているスキル


 勇敢B+、臆病B、恐怖無効B、懐柔A++、手練手管S、舌先三寸A、恐怖政治A+、処刑A+、人徳B+、冷酷非道S、多重思考A、思考切断B、演算B、偽装A+、掌握B、内政C++、鼓舞B+、希望A+、民への感謝AAA、グランツ王国への愛SSS


NEW!!


スキル追加:大量虐殺C


一度にたくさんの人間を虐殺したものが得るスキル。

ランクに応じて次の虐殺の成功率が上昇するが、カリスマ系スキルが弱体化及び消滅することがある。


スキル変化:カリスマB→E-


グランツ王は今回の虐殺によってカリスマが弱体化している。


家臣たちはもうグランツ王の言う事なんて聞きたくないが、グランツ王は恐怖政治A+をもっているため従う。誰だって無意味に殺されたくはないからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る