おっさん、報われる


「おい! その梁をもってこい!」

「その釘はこっちだ!」


 ベリアの名もなき村で職人たちが忙しなく働いている。


 バクスターが投資した120万枚もの金貨の多くは人材投資と建築に費やした。


 王都周辺から遍歴職人を雇い、テルメアの先導でアッシュウッドの森を通過。

 同様の手段で資材も運び、大規模な建築事業が始まったのだ。


 明確な金の流れが職人と商人を呼び込み、恐ろしい速度で家が建っていく。


 これでベリア領の雨季には余裕で間に合うだろう。


「よぉ、今はナナシだったか?」


 小柄だが逞しいドワーフが一人にこやかに俺に話しかけてきた。

 後ろには仕事仲間らしいドワーフたちが控えている。

 見覚えのある顔だ。


 浮浪者だったころ、炭鉱の仕事を教えてくれたテツ爺だった。

 俺の掘削魔法はテツ爺から学んだものだ。


「元気そうで安心したぜ。お前さん、明らかに才能あるのに何でこんなとこいるんだって思ってたからな」


 テツ爺は「でも、相変わらず目が死んでるな!」と笑う。

 

「俺達がいた炭鉱もだいぶ掘り尽くしちまってなぁ。何か仕事くれよ」


「昔のよしみだ、まかせておけ。仕事はいくらでもある」


「そう言ってくれると思っていたぜ!」


 金はそれ単体では何の意味も持たない。

 人に渡し、働かせることでようやく真価を発揮するのだ。


 俺はテツ爺たちをダンジョンの地下一階に派遣して、地盤の確認作業にまわす。


「ねぐらにすんのか?」

「流石に察しがいいな」

「ドワーフの間じゃ一般的な雨季対策だからなぁ。建築が間に合わなかったら穴蔵に住まわすつもりだったんだろ」


 テツ爺の言う通り、現在の大規模建築事業展開は偶然だ。

 ここまで資金が潤沢になるとは思っていなかったからな。


「ダンジョンは天然の城塞だ。雨水が流れ込んだ程度でダンジョンが崩壊することはない。内部の高低差を利用すれば生活圏はいくらでも確保できる」


 問題になるのは地盤の崩落による死とモンスターの襲来くらいで、食う物にも困らない。

 生存できない環境ならそもそもモンスターが生活できないからな。


 これがフェリたちに第二階層までの魔物を掃討させていた理由である。


 テツ爺が澄んだ目で俺を見て「立派になったな」と言って肩を叩いた。

 俺が他人と距離を縮める時によく肩を叩くのはテツ爺の真似だったのかもしれない。


 満足げな顔でドワーフたちがダンジョンへと向かっていく。


 最近忙しくて考える暇もなかったが、ギルド長をやっていた頃よりも遥かに巨額の金を動かし人員を動員している。


 その結果、かつての恩人のテツ爺たちに仕事を振り食わせることができるのだから、俺は報われているな。

 

 当初の想定より遥かに人が増えた。

 建築で家屋を増やすだけでは足りないかもしれない、念の為第三階層まで攻略しておきたいところだ。


「む」


 何かに躓いたと思ったら、倒れ伏したバクスターだった。

 疲労しているのだろう、目の焦点があっていない。


「脳が、焼ききれる……」


 バクスターには俺がやっていた業務の半分ほどを強引に押し付けている。

 金を出すだけではなく、実際に地力をつける必要があるからだ。


「ナナシ、ナナシさん! 無理です。もう無理です! 私の職業適性は料理人Bなんですよ! できるわけがない」


 こいつの劣等感は弱さから来るもの。

 強くなることでしか克服できない。


「泣き言を言うなバクスター。あのヘンドリックを見ろ! 適性は剣士Cだが立派に事務仕事をこなしているだろうが! 適性など傾向でしかない大抵のことは努力で覆せるのだ!」


 だいたい料理人だって立場が上になれば他人に指示を出すようになるのだ。

 適性がまったくないとは言わせない。


 それとも教会の適性検査を盾にできない理由を並び立て一生を終えるつもりか?


 感動したのか単に苦しいだけなのか、さめざめと涙を流しているバクスターを冒険者たちが引きずっていく。


 判断しなければならないことは山ほどある。

 泣いている暇はないぞ。働け。


 バクスターが金貨120万枚もの大金を持っていた理由は銀行を経由した投資によるものだった。


 グランツ王が事あるごとに渡した金をバクスターは何も考えずに銀行に預けていた。


 その際、セレスティア銀行の頭取はバクスターを言いくるめいくつかの投資話を持ちかけていたのだ。


 銀行の言い分をなんとなく聞いたバクスターは深い理由もなく自由に金を使わせていた。


 バクスターが銀行に金を貸し、銀行がその金で投資して増やす。

 増えた金は再び口座に振り込まれ、また銀行が投資をし、さらに増やしていく。


 一時的に減ったこともあったのだろうが、バクスターはそもそも口座を深く確認しないので気にしない。


 セレスティア銀行からすれば途轍もない上客だ。

 ヘタをするとバクスターは王家の税収を超える額を稼いでいるかもしれない。


 これを何も考えずにやっているのだから、正直グランツ王より有能だ。


 一方でバクスターは積み上がる金の重さと自分の存在の軽さに耐えかねて苦しんでいたわけだから、世の中はうまくいかないものだ。


 そう考えると、バクスターが俺に口座の全額を投資した理由もわかってくる。

 こいつは無限に増え続ける呪われた金を捨てたかったのだ。

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