おっさん、クラウドファンディングに成功する


 食堂を出ようとする俺をバクスターが引き止めた。


「ま、待て。待ってくれ。どういう理屈で私の名誉が回復するか説明してくれ」

「ダメだ」

「なぜだぁぁぁぁ」


 頭を抱え悶えるバクスター。

 俺の心を読めるシルキーすら「失敗する」と思っている。


 こいつに教えたところで成功率がゼロになるだけだ。


「いや、だって。冒険者連中にはとっくの昔に愛想を尽かされている。白磁にいたってはさっさとここから出ていくように差別的な制度を作りまくって迫害した。恨まれていないはずがない……」


 だろうな。


「そんな私がどーやって信用されるというのだ! ギルドの監査だってそうだ。私が手掛けた施設にはもはや従業員すらいない! 全員逃げ出したんだぞ! どうやって監査を通すつもりだ!!」


 対応するのが面倒くさくなってきた。

 俺はシルキーに撮影を開始するよう告げ、バクスターを黙らせる。


 バクスターだって自信の無さを大陸全土に放送したくはない。


 シルキーはというと、若干不安げな汗をかきつつ笑っていた。

 この問題をどうやって乗り越えるかはわからないが、俺が何とかすると信じているのだろう。


 ずいぶん信用されたものだ。


”ん、ゲリラ放送?“

”たすかる“

”いつもの村配信じゃないっぽい“

”これ何かある感じじゃね?“


 コメント欄の反応が早い。

 最近、忙しくてずっと流しっぱなし配信だったから新鮮味があるのだろう。


”あれ、この隣にいるやつバクスターじゃね“

”なんで敵対しているギルド長引き連れて歩いてるのww“

”なにがあったナナシ“

”先輩ちょっと、わたしが居ない間に何してるんですかーー!!“


 ギルド前広場へ出ると、冒険者たちの視線がこちらに向かった。

 敵対関係にあるはずの俺とバクスターが共にいれば気になるに決まっている。


「全員! 作業を止めて集まれ!!」

 

 俺が叫ぶと冒険者たちは素直に従い、人垣を作った。


 バクスターが目を白黒させている。

 自分にはとてもできないと思っているのだろう。


 俺はシルキーがこちらを映しているのを確認して続ける。

 

「皆に良い知らせがある。この度……」


 俺はにっと笑って、バクスター肩を抱き寄せた。


「ギルド長のバクスター君がこの「名も無き村」に多額の投資をしてくださるそうだ!」


 冒険者たちが雷に打たれたように固まった。

 コメント欄にコメントが溢れる。


”どういうことだ“

”普通に考えればバクスターがナナシの軍門に下って金を出させられているとしか“

”一体何があったんだ“

”逆にバクスターが札束でナナシの頬をぶん殴って勝った可能性は?“

”その可能性は低いんじゃないかなぁ“

”見ろよバクスターの顔を、これが答えだろ“


 画面に映るバクスターは驚愕していた。


「へ……? あ、あ? 投資?」


 混乱しているのだろう。


 それはそうだ。

 何も説明していないからな。


”びっくりしているようにも見えるけど、この状況で知らないわけねえから。単純にナナシにビビってんだろこれ“

”そりゃそうか。敵対していたやつらの前に連れてこられているわけだし“

”元従業員もいるしな“

”公開処刑じゃん“

”ちょっとかわいそう……でもないのか、自業自得だわ“

”投資するわけだから立場としてはバクスターが上のはずなんだが“

”でも、そうは見えないんだよなぁ“


 バクスターが全力でとりつくろって平然としようとしてるが、完全にバレている。


 百人前後の冒険者たちと画面の向こう側の数万人の視線がバクスターの思考を破壊しているのだ。


 思考盗聴してみると極大の混乱の中でバクスターは必死に損得を考えていた。


 まともに考えるならバクスターは「そんなことは言っていない」と跳ね除けることもできる。

 だからシルキーが「うまくいきっこねえっす」と言うわけだな。


 巨額の投資など絶対にその場の勢いで決めてはいけないことの筆頭だ。

 冷静に考えれば知らぬ存ぜぬでやりすごすべきが。


 事前にバクスターの信用を回復させると告げているため、バクスターは俺が作った話の腰を折ることができない。


 ここで俺の機嫌を損ねれば、信用の回復とギルド長という地位の維持という千載一遇の好機を逃すことになるからだ。


「ああ、バクスター君。失念してしまったのだが、いくら投資してもらえるのだったか」


「ふぐゅう!?」


 バクスターが変な声を出す。

 俺が多額のと言っている以上、中途半端な額は出せない。


 ここで金を渋ればすべてが水泡に帰す。

 バクスターは自分自身の信用回復とギルド長の地位はいくらになるか、猛烈な勢いで計算を始めるが、こんなところで悩まれては迷惑だ。


 背中を押してやるか。


「最近は便利になってな、監査にくる王都のギルド長・ランピックが協力してくれたクラウドファンディングシステムで今すぐにでも投資できる。そうだ、せっかくだからやってみるか? その方がみんなも盛り上がるだろう」


 監査という単語がランピックの心に深めに刺さっていく。

 いい感じだ。


 む、冒険者たちが若干置いてけぼりになっているな。

 状況がわからなげなフェリにアリアが説明しているのがちらっと見えたぞ。


「これって、どういうこと?」

「つまり。うーん。フェリにもわかるように言うと。バクスターがみんなにお金くれるってことです!」


 だいぶ簡略化しすぎてるが、ある意味そうと言えなくもないか……。

 理解が進んだ冒険者たちがざわめきはじめる。


「え、バクスターが金くれるのか」

「俺達からあんなに金を巻き上げていたバクスターが?」

「金返してくれるんだ」

「バクスター、お前。改心したのか?」

「謝れーー! これまでしたことを謝れーー!!」

「あ、そうか。そのためにここに立っているのか!!」

「金返せーー!!」

「だから、これから返すんだって!!」

「そうなのか?」


 不満が噴出している。

 いい傾向だ。


『これ本当に大丈夫なんすよね!?』


 若干暴徒化しつつある冒険者たちを前に、シルキーが焦る。


 大丈夫だ。問題ない。

 俺はバクスターの肩を強めに組んでひそひそと声をかける。


「バクスター。もうこんな機会は二度とないぞ? 男気を見せる時が来たな。入金準備はもう完了している。後はお前のIDとパスワードを入力し、好きなだけ振り込んでくれればいい」


 元はと言えば本来冒険者に還元されるべきだった金だ。

 このまま王に回収されるくらいなら、俺が全部使ってやる。


「その、いくらくらいで……」

「好きなだけ振り込んでいいぞ……! 誠意を見せろ、バクスター!!」


 俺が半透明に光る入金入力画面を渡して背中を叩くと。

 バクスターの瞳にすっと光がさした。


 闇組織の人間に唆された多重債務者のように勇気に満ちた顔をしている。

 勝ったな。

 

「やらせていただきます!」


 覚悟がきまったようだな。

 シルキーが得も言われぬ表情でこちらを見ているがどうでもいい。


 そんなことより金である。


「冒険者の皆様、これまでは本当に……ほんっとうに申し訳ございませんでした!」


 バクスターが頭を下げ。

 冒険者がやじをとばす。


「このバクスター、心を入れ替え。国王より賜った補助金を皆様に還元させていただきます!! とはいえ、私ではみなさん心配でしょう! 一度頭を下げただけで信用してもらえるとは思っていません!」


 バクスターが朗々と続ける。

 思考を盗聴してみると話しながら俺の意図を考え、言葉をつないでいた。


 くっくっく、必死だな。


 どうだバクスター。

 綱渡りは面白いだろう。


「そこで! 私が持つ金貨120万枚。全財産をナナシさんにお渡しし、運用していただこうと思います!!」


 は? 金貨120万!?


 全財産だと。潔いにもほどがある。

 こいつこれからどうやって生活を。


 というか、なんでそんなとんでもない額持ってる!?

 そもそもなぜ思考盗聴に引っかからなかったんだ?


 金貨120万……か。

 俺がグランツ王から受け取った金貨ですら2000枚だったのに。


 バクスターは勢いにまかせて入金し、半透明の画面を天高く突き上げ、見せつける。


 クラウドファンディング達成! 目標1200000%オーバーと表示されていた。


 1200000%ってなんだ。

 壊れてるのか?


 歓声。

 冒険者たちのとめどない歓声が湧き上がる。


 コメント欄に至ってはもはや流れが早すぎてほとんど読めない。


 一瞬目に映ったのは ”うおおお!!“ や”すげええ!!“ だった。

 

 冒険者たちから見ればバクスターは俺に全面降伏して全財産を擲ったようにしか見えないし、その金は巡り巡って自分たちのものになるのだと期待せずにはいられない。


 冒険者の溜飲も下がるというものだ。

 

「こいつ、そんなに金を溜め込みやがって……!」

「でも、気に入った!! 男気があるやつは嫌いじゃねえぜ!」

「ちょっとくらい俺にもくれよ!」


「もう全部ナナシさんに渡してしまったので……はは」


 冒険者たちに絡まれるバクスターは憑き物が落ちたような顔をしていた。

 おそらくバクスターは身に余る金を与えられ過ぎていたのだろう。


 お前に付与されていた過剰な価値は、もうない。

 これで価値に押しつぶされることもないだろう。


 これからようやくお前の人生が始まるんだ。

 よかったな。バクスター。




称号:口先の魔術師B++【装備中】

インフルエンサーA、追放されしもの(アハト)EX、魔力逸脱者(測定不能)

スキル:生存自活(チュラル・ビースト・ワン)EX、チャーム(魅了魔法)、光のカリスマB++、奪取SSS

現在確認できている盗品

オーク語(低)、怪力B、見切りB+、掘削魔法C、解毒(古式)、ファイアアロー(槍)、意思伝達魔法(妖精)思考盗聴魔法(改造)



称号:口先の魔術師B++ NEW!!


舌先三寸で巨額の金を巻き上げた者に与えられる称号

法的には投資なのだがどうやら世界からは詐欺認定されているようだ。


スキル:詐術B++ NEW!!


言葉巧みに相手を騙す技術。

チャームで対象の正常な判断能力を減衰させた隙に光のカリスマB++による鼓舞で調子に乗らせることで契約を迫る複合技。


犯罪ダメ絶対。

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