偽物の騎士、厄災を解き放つ

 朝。


 名無し村から出発する頃になって、急にナナシが方針を変えた。


「考えてみたんだが、バクスターはついてこなくていいんじゃないか?」

「え、でも。王が呼んでいるのは私なのでは……」


「別に俺が使者として向かえばそれでいいだろう。そもそも、お前にはやるべき仕事がたくさんある。お前がいなくなったら誰が冒険者の指揮をとるのだ」

 

 できればナナシとバクスターには帯同していてもらいたいところだ。


「不敬であるぞ。王がお呼びなのはバクスター様だ」


「王子として扱うなら使者を立てるのは当然だろう。そもそも、お前が本当に王家の騎士かも疑わしい。王妃と王子たちは事故で死んだと言っていたが本当に事故なのか? 本当に王の使者なら勅令を記した文書を見せろ」


 馬車を出す段になってナナシがゴネ始めた。


「この……っ」


 なんなんだこいつは。


 グランツ王は正式な勅令を記した文書を出すことを拒んでいる。


 どうせ殺すのだからわざわざ書く必要もないということなのだろうか。


 王の意図はわからないが、余計なことを言って首を跳ねられたくはない。黙って従うことにしたのだ。


「~~~ッ。わかった。ではまずナナシを使者として連れていき、その後にバクスター様を迎えに戻るでいいか?」


 ナナシとバクスターを発動起点の傍に置けるのがベストだけど。こうなっては仕方ないか。


 アッシュウッドの森でペンダントを発動させれば目的は完遂だ。この一帯は焦土と化してどのみち全員死ぬことになる。


「それでいい。よし、決まったな。みんな。早く乗り込め」


 女勇者テルメア、剣士フェリ、僧侶アリア、魔法使いタルトが許可もとらずに馬車に乗り込んでいく。


 テルメアに至っては馬車の屋根の上に陣取った。


「おい、勝手な真似は……」


「何か問題でもあるのか? 嫌なら別の馬車で行くだけだが」


「~~~ッ! 勝手にしろ!」


 私は苛立ちながら御者台に座り馬車を駆る。

 ナナシはと言うと、勇者や冒険者と談笑していた。


 いつの間にかレコード妖精までいる。


「久々の王都だ!」「まさかこんな形で戻ることになるとは思いませんでした」「護衛で往復した時は一泊してた……」「あれは寝てただけだから戻った感じはしない」「ナナシ……こっち見て、ナナシ……きゃ❤」


 アッシュウッドの森が深まっていく。


 はぁ。

 ここまでくればいいか。


「皆さん、一度ここで馬車を止めて休憩をとります。モンスターの警戒は私がしますから一息ついてください」


 私の目的は休憩じゃない。

 言葉で勇者と冒険者たちは馬車の進行方向から目を離させることだ。


 見られては困るものから。

 私はペンダントを胸元から出すと。


「おい、ダリア」


 嫌なタイミングでナナシが声をかけてきた。


「何ですか、ここは警戒しておきますから。教え子たちと談笑でもしていてください」


 もうすぐゴールするのだ。

 このまますんなり終わらせてほしい。

 

「だから、何ですか」

「さっさとそのペンダントでドラゴンを呼び出せ」


 は……!?

 なぜ、このアーティファクトが召喚の首飾りだと。


 まずい。

 どこでバレた……?


 いや、どこまでバレている?

 

「やれやれ、こんなことで絶句するな。お前、暗殺部隊のレガリアだろ。少し頭を使えばわかることだ」


 ……そこまでわかって放置していたということは、完全に作戦が露見している?


 内通者がいるとしか思えない。

 通信技術が発達したせいで、距離による情報遅延がないんだ。


 こうなると誰が内通者かもわからない。


「ごちゃごちゃ考えずに早くペンダントを使え。どのみちお前にとってそれが最善なはずだ……」


 きゃいきゃいと騒ぐ冒険者たちの声をバックに、ナナシが囁く。

 

 ここで全員皆殺しにすることが目的な以上、ペンダントを使わない選択肢はない……。ないが、使えと言われると気味が悪い。

 

 もしかしてそれが目的なのか?

 

 配信者ナナシと勇者テルメアが配信の中で唯一倒せなかったモンスターがいる。


 グリーンドラゴン。

 竜種の中では低位の存在だが、それでもその飛行能力と膂力は侮れない。


 プラチナ等級の指揮官と金等級、銀等級の冒険者たちが総掛かりになってやっと倒せる怪物だ。


 実際、配信でもナナシが放ったファイアアローを軽々と避けたグリーンドラゴンはナナシとテルメアを森の中に追い込んでいた。


 命からがら逃げ出してなんとか生き延びた。

 やはり竜種はやばい。

 出会ったら逃げるべきだ。


 そう配信で言っていた。


 つまりナナシもテルメアもドラゴンには勝てないのだ。


 テルメアは魔王を倒したと聞いているがそれは暗殺によるもの。

 真っ向勝負では分が悪いのだろう。



 このペンダントに封じられているのはレッドドラゴン。

 ナナシ本人が配信で「人類には勝ち目がない」とすら断言した上位竜種だ。


 かつて伝説のエルフとグランツ王が軍を率いて三日三晩の戦いの果てに封印したとされる三体のレッドドラゴンがここにいる。


 こんなものが解き放たれれば、名無し村どころかベリア領そのものが焦土と化すだろう。


 領主も兵も女子供も皆殺しだ。

 当然、私も死ぬ。


 燃え上がる世界。

 混乱と絶望の中で怯える民を、王とエルフは救うのだろう。


 このペンダントはそうして作られたのだから。


 わたしは伝説の裏に潜む闇となっても構わない。

 それでこの国に平和が訪れるのならば!



 私はペンダントを引きちぎり、放り投げる。


 盗賊SSSを持つナナシに奪われてもいいように、封印の解除条件は「私から離れた時」に変更されている。


 ナナシ、お前の情報はすべて私の手中にある!

 対策は完璧だ! 勝てるものなら勝ってみるんだな!! 


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 朱の光が跳ねる。

 空中でペンダントが砕け、巨大なレッドドラゴンが三体現れた!


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「アアアアアアアアアア゛アアアアアアアアア!!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオ!!」

 

 何百年も封印されていたのだ。

 人類を恨まないはずがない。


 三体の火竜が飛翔し、太陽を背に火炎を吐き出した。

 厄災が始まる。


 この人生はここで終わりだ。


 そう思った時、ふと気の抜けた声がした。

 

「あー、では今日はー。レッドドラゴンを倒してみようと思いまーす!」


 いつも通り死んだような目をしているナナシの傍らにはレコード妖精。

 馬車からはのそのそと勇者と冒険者が這い出てきた。

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