おっさん、訝しむ

 順調に開拓が続く名無しの村。

 村というより宿場町に近くなってきた土地で、俺はぼーっとしていた。


 すべての仕事をバクスターに押し付けたので暇ができたのだ。


「最初は泣きわめいてたクセに何だかんだ順応したな。あいつ」


 自分で金を出して自分で指示を出しているから、あらゆる失敗と間違いが出血を伴い、骨身にしみるのだろう。


 順調に成長して今では立派に経営を行っている。

 しょうもない嫉妬に囚われていたあいつが立派になったものだ。


 怒号を浴びせて人を動かしていた俺とは対象的にバクスターはにこやかに下手に出て冒険者たちに自主的な協力促すやり方に落ち着いた。


 時には毅然とした態度も必要だと思うが、安定しているならばかまわない。


 人によってやり方は変わるのだ。

 俺が横から口を出すことではないだろう。


 もう放っておいても大丈夫だな。 

 俺が三度目の昼寝に突入しようとした時、けたたましい音がした。


 物々しい馬車が止まる。


「バクスター王子! バクスター王子殿下はおられるか!?」


 バクスター王子!?

 あいつが!?


 いや、確かに王の隠し子ではあるが正式には認められていないはずだ。


 切れ長の目、紫色の髪をした女騎士が御者台から降りる。


「珍しいなありゃ軍馬じゃないか」


 誰かが言った。

 確かに通常の馬よりも足が太い。


 妙だな。

 御者も付けずに騎士一人で馬車を駆って来たのか?


 アッシュウッドの森を単独で抜けるなら最少人数最大速度が合理的だというのはわかるが、モンスターの群れに襲われて膠着したら死ぬぞ……。


「な、何の御用でしょうか。私が責任者のバクスターですが……」


 すっかり弱腰が板についたバクスターを見て、騎士が一瞬瞠目した。

 さっと周囲を眺める。


 どうやら事実のようだと思ったようだ。


 まぁ、気持ちはわかる。

 王子という感じではないよな。

 

「王国の獅子、大地の主たるグランツ・マックラーレン国王陛下のお言葉を告げる!」


 バクスターの背筋がぴっと伸びた。

 町の小売店の経営者みたいだ。


「先日。王妃ブリュンヒルデ、第一王子クレイドル、第二王子アシュレイ、第三王子ケイン、第四王子ランドベルが不幸な事故により先立った!」


 は?


「よって、現在正当な王位継承権を持つのはバクスター第五王子のみである! 早急に王都に向かい……」


 ちょ、ちょっと待て。

 俺がめちゃめちゃこき使っているバクスターが王位継承者だと。 


 立場が逆転したら不敬罪で雑に殺されるのでは?


 当のバクスターはというと、目を白黒させている。

 俺だって驚いているのだ本人はもっと驚いているだろう。 


 少しでも状況が知りたい。


 【思考盗聴】を騎士に使う!


(バクスター王子はグランツ王への謁見の後に教皇ベネディクトの洗礼を受け、正式に王子として披露目を行う。なお、拒否権はない。礼儀作法や政治について不安もあるだろうがグランツ王が直々にお伝えしてくれるそうだ! 光栄に思うがいい!)


「バクスター王子はグランツ王への謁見の後に教皇ベネディクトの洗礼を受け、正式に王子として披露目を行う。なお、拒否権は……」


 なんだこの女騎士。

 言葉を考えながら喋っている。

 

 この前のバクスターと同じだが、必死さに悲壮感があるな。


 本来、こうした場合は使者が羊皮紙を読み上げるものだがそれもない。

 記憶を頼りに話しているというより、話をでっちあげているようにもみえる。


 かといって、すべてが嘘のようにも思えない。


「おい、お前の名はなんだ」

「……ッ」


 女騎士が一瞬口どもるとその脳裏に言葉が重なった。


(ロクスタ)(クロエ)(カサンドラ)(アマンダ)(リック)(ロンドベル)(ミレイユ)(アージェ)(スプマンテ)(ミック)(ネーア)……。


 複数の名前を使い分ける闇の組織の人間特有の思考の動きだ。

 こいつは頭の回転が早いからか、これまで多くの名前を使ってきたからか、出てくる名前の量が多いな。


「我は王の使者にして槍・クロエだ」

「嘘つけ」


 クロエと名乗った女騎士がむっとした表情をするが、内心には焦りが見える。

 誰だって即座に嘘を看破されれば動揺するものだ。


(なぜバレた? ナナシとは面識がないはずだが……まさかすでに情報が)


 俺の思考盗聴で盗めるのは表層の思考のみ。

 記憶をさらうことはできない。


 ならば。

 


「ふっ、まぁいい。クロエ。今日は一晩泊まっていけ。俺はナナシ。ただの暇なおっさんだよろしくな」


「あ、ああ。よろしく頼む」


 俺はこれから一晩こいつに質問をしまくって情報を思い起こさせてやる。

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