第3話

「え、そんなひと冒険者に登録してない?」

「冗談でしょ」


 フェリたちは冒険者ギルドの受付嬢に事の顛末を説明したが、信じてもらえなかった。


「めちゃめちゃ強いおっさんがダンジョンに住んでるとか、常識的にありえないですよ」


「いや、でもだって。住んでたんだからしょうがないじゃないですか!」


 ダンジョンは危険だ。

 危険だから冒険者は武装し、警戒を怠らない。


 時には命からがら逃げかえってくることも、死亡することもある。


 そこに住む?

 ボロきれ一つで?


 自殺行為としか思えない。


「嘘だと思うなら、妖精のレコードを見てください!」


 新米冒険者のフェリが妖精を親指で指して続ける。

 妖精もコクコクうなずいていた。


「まぁ、そういう仕事だからやりますけど」


 冒険者ギルドの職員は冒険者たちにレコードを確認するよう要求された時、断れない。


 冒険者たちに妖精をつけているのは冒険者を縛るための監視であり、冒険者の成果を証明する守りでもあるからだ。


「水晶玉出してっと」


 妙にワクワクしているフェリたちを尻目にギルド職員が配信魔法を発動する。


「公開? 非公開?」

「公開!」「公開でお願いします!」「ぜひ公開で」


 映像をギルドで広域公開するかどうかは冒険者が選択できる。

 武功を示したい時は公開を、プライバシーが関わる時は非公開が選ばれることが多い。


「公開設定よしっと」


 ブンと、空間に映像が現れる。


 この映像は各地の冒険者ギルドや酒場、ひいては冒険者配信好きな貴族や市民公園の広場など様々な場所で配信されるのだ。


 公共性による監視によって冒険者もギルド職員も違法行為をしにくくするという名目で生まれた技術だが、実際はもっぱら娯楽として扱われている。


 危険なダンジョンでモンスターを倒す様を見るのは、みんな大好きなのだ。

 

 映像が始まった。


 討伐対象のゴブリンを難なく倒し、動乱の洞の浅層を突破したフェリ、アリア、タルトはオークを発見する。


 オークにはフェリの刃が通らず、タルトの魔法も効き目が悪かった。

 単純にレベルが足りないことがひと目でわかる。


 フェリが決死の覚悟で突いた剣は根本から折れ、オークの攻撃は止まらない。


『た、たすけて~~~!!』


 冒険者たちの敗走が始まる。

 どこに逃げても隠れても、オークは冒険者たちを追ってくるのだ。


『よこせ』


 絶体絶命の危機に一人の男が現れた。


 アリアからメイスを奪ったその男はオークに対峙する。


 ボサボサの黒髪に髭ずら。

 一見痩せぎすの男はボロをまとっている。


 どう見ても浮浪者だろう。

 死んだような目からは一切の意志が感じられない。



 筋肉質なオークと対照的な吹けば飛びそうな男だった。

 勝ち目がない、誰もがそう思った。


 その実力を知るフェリたち以外は。


 男はオーク語を操って挑発し、あらゆる攻撃を回避し、一撃でオークを仕留めた。


 覇気のない、死んだような目のまま。

 それがただの日常であるかのように。


 住処にしているらしい樽の中に戻って寝た。


「ありえない」


 王立魔法院で映像を流し見しながら研究を続けていた魔女・パンタグラフはそう呟いた。


 魔物が使う言語は魔法と密接に関係があり、目下の最重要研究課題だ。


 魔物はこちらを見るとすぐ襲い掛かってくるのでまるで研究は進んでいない。


 魔物の言葉を話す人間がいる?

 垂涎の研究対象だ。一体どこの誰なのか。


 どうやってその言語を獲得した?


「ありえん」


 辺境の地、オルドガルドを守護するオークニー城で辺境伯・アルフレッドは呟いた。


 数々の戦争に身を置き、前線で兵を率いた将として数多の兵を見てきた。

 勇猛果敢、心に灯る火の強さが力の証だと。そう信じてきた。


 この男は人生を投げている。あれはすべてを諦め放り出した男の目だ。

 なのに、この強さはなんだ?


 なぜ死んだような目のまま攻撃を躱している?

 そこまでの高みにありながら、一体何に絶望している。


 これほどの男が絶望するような危機が迫っているとでもいうのか?


「先輩……」


 王室の立食パーティにて、秘密裡に魔王暗殺を遂行した女勇者・テルメアが料理を口に運ぶ手を止めた。


 あのかすれた声を覚えている。

 あの打ちひしがられたような目を覚えている。


 8年前。


 まだ駆け出しの冒険者だった私をヒュドラから救ってくれた恩人だ。


 先輩は冒険者登録してなかったからぜんっぜん見つからなかったけど。


 ようやく、ようやく見つけた。

 そっか、先輩は今も人を助けていたんですね。


 涙がこみあげてくる。

 あの時のお礼が言いたい。

 あと、なんか魔王討伐の報奨金とかいっぱいもらったのであげたい。


 今度はわたしがあなたを助ける番です。先輩。





 男の活躍に酒場は湧き、冒険者たちは興奮する。

 以前であればおとぎ話だと笑われていたことも映像がある今なら話は違う。


 これは現実なのだ。


 アリアがテーブルに置いたメイスを力冒険者たちが見つめて、息を飲んだ。 


 鉄製のメイスが曲がることはある。

 だが、手持ち部分が握力でへこむことなどあり得るだろうか。


 鉄製の剣を強く握りすぎて壊したなど、聞いたこともない。


 一体、どういう膂力をしているのか。

 本当に人間なのか?


 力への畏れが、歪んだメイスに触れることをためらわさせている。


 なぜこれほどの人間が無名なのか、ダンジョンで暮らしているのか、意味がわからない。


 知りたい。

 どうしたらそこまで強くなれるのか。


 次々と冒険者ギルドに連絡鳩が飛んでくる。

 あの冒険者は何者だ。あれは誰だどこにいる。次の彼の映像はないのか?


 放送から一時間足らずの話であった。


 冒険者ギルドはこれを受け、捜索隊を結成した。

 これほどの逸材を放置するわけにはいかない。


 何としても冒険者ギルドへの登録を取り付けなければ。


 ギルド長となったランピックはそう考える。

 かつて自分が追放した元ギルド長だとも知らずに。



称号:追放されしもの(アハト)EX


スキル:生存自活ナチュラル・ビースト・ワンEX


現在確認できている盗品


オーク語(低)、怪力(B)、見切り(B+)


NEW!!


称号獲得:インフルエンサーC


他者の思考や行動に強い影響を与えたものが獲得する称号。

人々に羨望を向けられ、求められる存在である証。


C+以上のランクを獲得することで様々な追加効果を得る。

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