おっさん、戦線を構築前に崩壊させる


『よし、同時接続数も増えてきたな』


 死んだような目をしたおっさん、ナナシが酒を煽りながら続ける。

 その姿を虚勢と見て、ユリウスは鼻で笑った。


 この期に及んで酒とは。

 レッドドラゴンの群れを前に正気を失ったと見える。


 まぁ、無理もない。

 ナナシからすれば唐突に災害級の魔物が現れたのだ。


 ナナシよ。所詮、お前は盤上の駒に過ぎん。

 真の敵が誰かもわからぬまま、華々しく散るがいい。


『じゃ、遅れてきた視聴者さん向けに説明するとぉ。今日は王国騎士クロエさん協力の下、レッドドラゴンを倒してみようと思いまーす! いやぁ、こんなすごいもの用意してくれるなんてグランツ王も太っ腹ですね~!』


”さす王“

”流石“

”グランツ王万歳!“

”太っ腹は失礼では“

”細けえことはいいんだよ!“


 流れていくコメントが頭に入ってこない。


 ……は?


 ユリウスは凍りついた。

 クロエと呼ばれた騎士は王家直属暗殺部隊レガシーの一員だ。


 暗殺を指示されていながら、ナナシに協力的な振る舞いをしている。


 これは、どういうことだ。

 ユリウスは背もたれにもたれかかって、思考する。

 

 なぜグランツ王の関与が露見している。


 クロエが裏切った?

 いや、それでは辻褄が合わない。


 クロエが裏切った場合、わざわざレッドドラゴンを解き放つ理由がない。解き放てばクロエも死ぬのだから、クロエの裏切りにメリットがない。

 

 ただ、レッドドラゴンの襲来がグランツ王による策謀であるとナナシが気づくにはクロエから情報を引き出すしかないはずだ。


 そう考えると、やはりクロエが裏切っているとしか。


 これは一体。

 ユリウスが混乱する中、配信ではクロエが何度目かの意気込みを口にしていた。


 矛盾している。

 お前はどちらの味方なのだ……?

 真実は何だ。


 少しでも情報を得ようと食い入るように配信を見るユリウス。

 

 俗世の流行りに無頓着だったため、コメントなど打ったこともなかったが今は場合が場合である。


 ユリウスは打ち間違いに注意しつつ、ゆっくり丁寧に初コメをした。


”ユリウス:これは本当にグランツ王の催しなのですか?“


 うっかり、グランツ王の『策謀』と書きそうになり。慌てて『催し』と書き直した初コメである。


 こちらの情報は与えず、相手から一方的に情報を得るべきだ。

 うっかり口を滑らす必要はない。


『あ! 初コメありがとうございます~! ユリウスさんのコメ読みますね「これは本当にグランツ王の催しなのですか?」クロエさん曰くそうらしいですよ。ですよねクロエさん?』


『あ、ハイ! そうです!』


 クロエがわかりやすく緊張しながら答えた。


 嘘をついているようにも見えるが、すぐ近くでレッドドラゴンが乱舞していることを考えると単に生命の危機を感じているだけかもしれない。


 わからん……どういうことなんだ。

 まさか、まさかとは思うが。これは本当にグランツ王の催しなのか?


 いや、【コード・ドラゴンオブリタレート】は確かに発令されたはずだ。


 勅令用の羊皮紙には確かに文字が浮かび上がったし、対象者であるナナシとバクスターの名前と発動地点が記されていた。


 機密なのですぐに羊皮紙は焼き捨てたが、僕の記憶がおかしいのか?

 不安になってきたぞ。


 落ち着け、自信を持て。


『ユリウスさん。本当にいいタイミングで来ましたね! 今日は楽しんでいってくださいねー!』


 ナナシがフレンドリーに接してくるので調子が狂う。

 僕はお前を殺そうとしているんだが。

 

【おい、ユリウス。何をしている】


 金属の残響のような音が唐突に聞こえてきた。

 声のする方を見ると、聖銀(ミスリル)製のカラスが馬車に並走するように飛んでいた。


「パンタグラフか」


 今回招集された最高戦力の一人。

 魔導学院学院長、パンタグラフ・アージェンダインの使い魔だ。


 もし、何らかの奇跡が起きてレッドドラゴンが倒された場合。ナナシにとどめを刺すのはユリウスとパンタグラフの仕事である。

 

【質問に答えろ。なぜナナシに機密を開示した】


「機密? 何のことだ」


【とぼけるなボケじじい。さっき本名でコメントしただろう。しかも、コメントが拾われている】


 は? 何かまずかったのだろうか。

 いかんせん、最近の流行はよくわからない。


「何を言っている。書簡に自らの名を記すのは当然ではないか!」


【こいつ、ネットリテラシーが皆無か……】


 呆れられているのはわかるが、理由がよくわからない。

 だが、100年も生きていないガキに教えを乞うなど300年生きた枢機卿としてのプライドが許さなかった。


【なぜ、竜を呼び出して殺させるなんぞというややこしい真似をしているかと言えば、我々の関与が疑われないようにするためだ。だというのに本名で介入するなど……】


 名前一つ出しただけで大げさな。

 気にしすぎではないのか。


【あくまでとぼけるというのか】


 パンタグラフが怒りをあらわに続ける。


【私からすれば、お前がナナシ側についているようにも見えるのだ。ナナシの配信で初コメを拾われるなど滅多にないこと。しかも、かなり仲よしさんではないか。裏で何か示し合わせているのでは】


 聖銀(ミスリル)のカラスから、嫉妬のような圧が発されている気がする。


 な、何のことだ。

 僕が流行に疎いことは知っているはずだろう。


 コメントという機能も先ほど初めて使ったんだ。


【どうだかな】


 くっ、なぜ理解してくれないんだ。


【レガシーの小娘の様子もおかしい、本当に【コード・ドラゴンオブリタレート】は発令されているのか? 連絡用羊皮紙の刻印はお前の管轄だ。お前が私を謀ろうとしている可能性も否定できないだろう】


 奇妙だ。

 パンタグラフは無理にこじつけを繰り返し、結論を急ごうとしているような気がする。

 

 ……はっ。


 ここに来て、ユリウスは気付いた。

 パンタグラフからすれば状況が悪いのだ。


 ナナシがレッドドラゴンを倒した後、パンタグラフが盟約通りにナナシを襲撃した場合その姿は配信を通じて世界に拡散される。


 魔導学院学院長がそのような暴挙を行ったと知られれば当然信用は失墜、グランツ王は関与を否定するだろう。


 もしここで枢機卿ユリウスがナナシと結託していたら?

 パンタグラフを嵌める為にグランツ王、ユリウス、ナナシが協力しているようにも見えるのだ。


 警戒するのも無理のない話だった。

 こうなればパンタグラフは何かしら理由をつけて戦線を離脱するほか無い。


 盟約を破るつもりか!? パンタグラフ!!


 どうにか捻り出した言葉はどこか空虚だった。

 ユリウスにはパンタグラフを説得する術がないのだ。 


【……勅令が事実かどうかも怪しいとなれば、私が盟約を守る理由もない。今回は席を外させてもらう】


 待て! 待つんだパンタグラフ!!

 ユリウスの呼びかけを無視して、聖銀(ミスリル)のカラスは飛び去っていった。


 戦わずして、重要な戦力が一人失われたのである。

 

『あ、長い? 早くレッドドラゴンを倒せ? はいはい、やりますよ~。じゃあ、フェリたちは馬車に戻って、クロエさんは御者をお願いします。機動力大事ですからね~』


 どこか間の抜けたナナシの声が配信から聞こえてくる。


「この男……まさか。狙ってやっているのか?」


 思えば、配信が継続されている限りユリウスも戦場に出るわけにはいかない。

 ビャクランもグランツ王も同様の理由で介入できない。


 やられた。

 先ほどユリウスは所詮は盤上の駒とナナシを笑ったが、いつの間にか立場が逆転している。


 盤上の駒はユリウスの方であった。


 なんという策士だ。

 配信という新たな技術をこうも使い倒し、戦線を構築前に崩壊させるとは。


 ユリウスは食い入るように配信を見つめながら、ただ馬車に揺られ続ける。

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