王様、部下の心を盗まれて困惑する


 王家直属の暗殺部隊・レガシーが手も足も出なかった。


 グランツ王は平静を装う余裕もなく、フードの男たちに声を荒げる。


「レガシーども、なぜ見逃した。さっきの態度はなんだ!!」


 ナナシを逃すのは、ある意味で仕方がない。

 あれだけ容易に一蹴されたのだ。レガシーどもに勝ち目がないことくらいわかっていた。


 だが、あの貴人に道を譲るような所作はなんだ。

 お前たちも私に反逆するつもりか!


「恐れ入りますが我が王よ。あの男のことはもっともです」

「最近の王は我らを扱い過ぎです」

「このようなことを繰り返されては人心が離れるのも時間の問題かと」

 

 な、なん。

 お前ら直属部隊でありながら私に意見するのか!


 怒りで叫び出しそうになって、ナナシに言われたことを思い出す。

 

『俺がやらなくても護衛のこいつらが殺しにかかればお前は死ぬ。なぜそうなっていないかと言えば、お前にはまだ人徳があるからだ』


 単純な戦闘力でレガシーにかなうわけがない。

 ここでレガシーに見限られれば、また敵が増えるだけだ。


「そう、かも。しれんな……」


 王からの要求を拒絶すれば、秘密をばらされダンジョンに戻るか不敬があったと刑に処される。


 だから、ナナシは要求を飲んでテルメアを殺しに加担するしかなく、テルメアを殺すか殺される。


 ナナシとテルメアは敵対しているので、提案は喜んで受け入れられ。

 どちらが死んでも生き残った方には感謝され関係は継続、危険因子も一つ減らせる。


 生き残った方はレガシーに入隊させ、我が手駒とするはずだった。


 ナナシは最初から詰んでいたのに。

 なのに、なぜこんなことになっている。

 

 王に刃を向けるなど狂気の沙汰だ。

 極刑が順当だろう。


 本来ならそのような行動をとること自体ありえないのに、そうすることでナナシは生き延びた。


 グランツ王は考える。


 予定通りナナシを詰もうとすることはできる。

 適当な罪をでっちあげて捕縛し、刑に処せばいい。


 ただ、先ほどの動きを見るに捕縛できるかはわからないし。ダンジョンに潜伏され常にこちらを狙うようになられては困る。


 社会的に殺すことはできても、できるのはそこまでだ。

 護衛が役に立たないことはたった今、思い知らされた。

 

 自暴自棄になって復讐に走られたら困るのは私の方だ。


 さらに厄介なのは、ナナシが配信者であるということだった。

 今回の件を民に直接訴えられた場合、不敬を理由にナナシを捕縛する口実にできるが、それによって乱れた人心が戻るわけではない。


 王の不義を訴えた英雄を殺したことで民の不信感は増すだろう。

 これまでの時代には存在しなかったタイプの影響力だ。


 あいつ自身は王でも貴族でもないのに、人々への影響力を持っている。

 

「王よ。どうか、お考え直しください」

 

 見ろ。

 直属の暗殺部隊すら一目見ただけでナナシに心酔している。

 こいつらにナナシを殺せと命じても、首を飛ばされるのは私かもしれない。


 最悪のケースは捕縛にも暗殺にも失敗し、部隊を投入しにくい危険なダンジョンの奥に引きこもられてグランツ王家を糾弾する配信を繰り返されることだ。


 魔物たちに守られるナナシを想起する。


 これでは城を落とすようなものだ。

 いや、ダンジョンであることを考えると城よりもタチが悪い。


 総力をあげてダンジョンに潜ったところで、ナナシがどこにいるかなどわからないし、別のダンジョンに逃げられる可能性もある。


 配信そのものを止める要請もできるかもしれないが、市井の冒険者たちがあれだけ気軽に扱っているのだ。別の冒険者に撮影でもさせれば容易に回避されてしまうだろう。


 私と枢機卿が決定した職業適性検査によって社会からつまはじきにされた男が、今度は殺しに加担することを要求されたのですべてを擲って復讐に走った。


 そんな筋書きを広められては困る。


 何度考えても詰みきれない。

 あの男には掴みどころがない厄介さがある。


 ナナシは「人の口に戸は立てられない」と言った。

 内通者がいるのだろう。


 何にせよ、昨日今日で集められる情報ではない。


 先手を打って何も準備させないまま詰むつもりだったのに、準備されていたのはこちらの方だった。


 恐ろしい反面、こう思う。


 あの男は一体何者なのだ?

 得体が知れない。

 

「レガシー。我が手足たちよ。お前たちの言う通りだ」

「ナナシ宛に手紙を出す。冒険者ギルド行きだ。今回の非礼を詫びよう」


 暗殺部隊の顔が明るくなる。

 心酔するにもほどがあるだろう……。


 とにかく敵に回したくない。

 それだけは確かだった。

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