おっさん、女勇者の心を盗む
『え、オウサマ脅してきたって大丈夫なんすか』
謁見の間から出て貴賓室で待機していたシルキーと合流すると開幕心配された。
大丈夫だ。問題ない。
『ちゃ、ちゃんと説明して欲しいっす。意思伝達魔法は表面の意識しか見れないから心の中が全部わかるわけじゃねえんすよ!』
そうだな。
俺の秘密を思い出した王が俺を庇護する代わりに隣に座っていた令嬢を殺せと言い出したので、断っただけだ。
俺を社会的に抹殺するカードを切ってきている以上、すべてを擲ってでも反撃にでる他ない。脅しくらいする。
もっとも、そうなることは謁見の間に入った時点でわかっていたんだが。
『そうなんすか』
グランツ王は透過マントで姿を消した護衛を5人しのばせていた。
王が対妖精防御アミュレットで精神防御を固めていても、護衛もそうとは限らない。
つまり、思考盗聴が効く。
あいつらがこれまで何をしてきたか、これから何をするつもりか、何もかも筒抜けだったよ。
最初は適当に話を合わせつつ冗談めかしてはぐらかそうと思っていたんだが、本気で脅してきたのでやり返した。
つくづく思考盗聴は強力だ。
姿を隠した敵の発見、思惑の看破、行動の予測をした上で先手を打てる。
俺に護衛たちの攻撃が一切当たらず、すり抜けざまにナイフを奪えたのはどう攻撃してくるかがわかっていたからというのも大きい。
『なんでオウサマは護衛にアミュレットを配らなかったんすかね。こんなこと言うとアレっすけど全員で固めてたら、ナナシやばかったじゃないっすか』
おそらくだが、グランツ王は自分の思考は読まれたくない癖に部下の心を読めるようにしておきたかったのだろう。
王があの護衛たちを信頼していたら、もう少し危険度は高かった。
もっともグランツ王が俺の思考を読もうとした形跡はないので、単純に希少だから用意できなかっただけかもしれないが。
グランツ王の敗因は多いが、そのすべては心の弱さに帰結する。
他人を信用できないから人心が離れ、人心が離れるから強硬に出る。それを繰り返したことで、さらに他人に信頼されなくなっている。
あいつは絶対に成功しようとした結果、逆に多くをとりこぼしたのさ。
人間、死ぬ時は死ぬんだから観念して諦めればよかったのにな。
『ナナシってやっぱいいやつっすね』
そうか? 普通だろ。
「あ、あの! ナナシさんですよね!」
廊下を歩いていると、ふと先ほどの令嬢が現れた。
黒髪を短く切り揃えたその女は冒険者然とした恰好をしており、令嬢らしくなかったが。瞳孔が開いているので同一人物だろう。
『あ、この人がオウサマが殺せって言ってたひとっすか』
ああ。
勇者テルメアとか言っていたか、確かに目が病んでいる。
だからといって殺そうとは思わないが。
「わ、わたし。その、昔。ダンジョンであなたに助けられて、ずっとずっとお礼がいいたくて。なのにこんなことになってしまって、ごめんなさい」
俺に執着する理由はそれだったのか。
ダンジョンに住んでいた頃に助けた冒険者の数なんて覚えていないから気づかなかった。
「気にするな。それで、これからどうするつもりだ?」
どうやって知ったかはわからないが「こんなことになってしまって」と言っている以上、先ほどの騒動を知っているのだろう。
グランツ王の人払いは信用できんな。
「わたしは、ここを出ていこうと思います」
「それがいい。後ろから刺してくるようなやつのそばにいていいことは何もない」
「へへ、ですよね」
それで、あの。
そんなことを言って、テルメアはくちどもる。
テルメアに思考盗聴は通じない。
こいつは心中で俺を先輩と呼んでいるが、脳内が「先輩好き」という言葉で満たされているため、なぜ俺が先輩として扱われているのかわからない。
だから。
「行く当てがないならついてくるか? 後輩」
俺の言葉がテルメアに刺さる。
大きく動揺しながらも明らかにテルメアが喜んでいるのがわかる。
ずっと開きっぱなしだった瞳孔が閉まり、瞳が輝いていた。
百年の恋が届いたような顔だ。
「はい、先輩!!」
人の心はわからない。
なぜテルメアが飛びかかってきているのか。知る由もない。
殺意はなさそうなのでされるがままにすることにした。
俺はもうおっさんでこいつのように若くはないというのに、どこがいいんだ。
だが、そんなことはどうでもいいことだ。
わからなくても、誤解していても、たまたまでも、人は生きていけるのだから。
テルメアに抱きしめられながら、そんなことを思った。
NEW!!
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