おっさん、フェリたちを守る

 俺たちが酒場に入ると客が少しざわめいた。

 金貨を受け取ったことでグランツ王に認められたと思われているのだろう。


 かなり有名になったな。

 

「さて、乾杯だ!」

「かんぱーい!!」


 フェリが届いたビールをがぶ飲みして「くーー! うめー!」と叫んだ。

 いい飲みっぷりだな。


 ちなみにしとやかそうな顔をしているアリアはけろっとした顔でグラスを空け、おかわりを注文していた。


 タルトは酒に弱いらしく、ちびちび飲んでいる。


 つまみは少な目でいいか、何事もなく親睦が深まるのが理想だがどうなるかわからんからな。


 俺は給仕に食事を頼む。


「それにしてもナナシが私らと酒飲むとか珍しいじゃん。今日は飲もうよ!」

「んぐんぐ。ぷは、お金にならないことはしない主義なのかと思ってました」

「……あやしい」


 ちなみにテルメアはというと、キリッとした顔で優雅にビールをたしなんでいる。所作が丁寧すぎて安酒場とは思えない高貴さだ。


 フェリが少し考えて気づく。


「あ、わかった! 新メンバー追加だ!」

「昔の後輩だったとしても、うちのパーティに入るなら後輩ですね」

「うんうん」


 こいつらからしたらテルメアは後からやってきた新参者なのだろう。

 やはり増長していたか。


「……お前ら、今の等級はいくつだ」

「三人とも鉄鋼! ワンランク上がった!」


 どうだどうだと胸元のタグを見せつけてくる。

 タグが冒険者の身分証になっているのだ。


 本来ならこのまま祝勝会でもやる流れだが、今回はそうもいかない。


「テルメアの最終等級はプラチナだ。第一等級の冒険者に第五等級の鉄鋼がマウントとって何をしたいんだ?」


 フェリがうげっとした顔になる。

 アリアとタルトも押し黙った。


 しかたありませんねという顔でテルメアが胸元からタグをとりだす。


 少しやり返したくなったのだろう。


「黒い……タグだ」


 類稀な功績を成した冒険者に与えられる。例外処理。

 規格外を表す等級・ブラック。


 グランツ王国の国旗と同じ金色の竜が彫りこまれている。


「先輩。わたし、今はブラックです。まぁ、もう冒険者じゃないんですけどね」


 テルメアの身分はこのタグひとつで証明される。

 グランツ国王陛下によって叙任された「勇者」であると。


「す、すみませんでした」

「すみませんでした」

「すみません……」


 テルメアが優雅に笑う。


「いいんですよ。知らなかっただけですものね?」


 口調がいつもより丁寧だし、また瞳孔が開いている。

 フェリたちがビビり散らかすのも無理はない。


 ちなみに任命ではなく叙任扱いなのはグランツ王国において勇者は貴族の一種とされその地位は準公爵扱いとされているからだ。


 貴族は領地の危機があれば軍を率いて戦場へ出るのだから、国という王の領地を守るために魔王と戦う者が貴族の権能を付与されるのもなんら不思議はない。


「そういうわけで、最近のお前たちは増長しすぎだ。若いうちにチヤホヤされることに慣れるとろくなことがねえからな。一旦、ここで打ち止めにする」


 そう言って、俺は酒をあおる。

 ガキが配信者なんてやって人気が出れば調子にのるのは当然だ。


 そして、その原因は俺なのだ。


「え、もう。わたしたちはおしまいってこと?」

「そんな、聞いてないです」

「乗り換えるんですか、その人に。私たちを捨てて……!」

 

 こうして年若い女に言い寄られると、好きな女ができたと別れ話を切り出したクズみたいに見えてしまう。


「先輩、わたしちょっと寄っちゃったカモ」


 悪ノリして寄りかかってくるなテルメア。

 こいつ勝利が確定しているから余裕があるな。


 酒場がどよめきだす。

 お前ら、俺の被害を考えろよな。


「まて、誤解だ。お前たちを見捨てるつもりはない」


 闇落ちしかけた三人が正気を取り戻し、背筋を伸ばした。

 訓練の成果を感じながら俺は続ける。


「先の会食でセドリック男爵と懇意になってな、ベリア領地内の冒険者ギルドを視察して欲しいそうだ。だが、お前たちのレベルではアッシュウッドの森を越えられない」


 アッシュウッドの森のモンスターは最低でも銅かできれば銀等級くらいのレベルが欲しいが、お前らが強くなるのを待っていられるほど俺は暇じゃない。


「なんだそういうことか」

「安心しました」


 胸をなでおろすフェリとアリアに少しだけ釘をさしておく。


「ただ、お前たちが調子にのってきているのも事実だからな。いい機会だから俺のサポートなしで銅等級まであがっておけ」


 よし、ここで少し褒めてやるか。


「ここまでハイスピードで等級が上がることは通常ないが、お前らならなんとかなるだろ」


 三人が意気込むのがわかる。


 いい目だ。

 傲慢さが消し飛び、やる気に満ちている。

 

 仕上げに少し煽っておくか。


「それとも、俺とテルメアが護衛してベリアまで輸送してやろうか? 一般人として。代金はいただくが安くしておいてやるぞ」


 にやにや笑いながらそう言うと、フェリたちがキレた。


「銅等級になって自分で行くからいい!」

「それは冒険者の名折れですから」

「酒なんて飲んでる場合じゃない……みんな行こう」


 各々銅貨を置いて、酒が残っているのにも気にせず店から出る。

 いや、アリアだけはきっちり全部飲み干してから出ていったか。


 入れ替わるように頼んでいたサラダと煮物、干し肉が届いた。


 つまみの量を少な目にしておいて正解だったな。

 それでも二人分には少し多いが、食い切れない量ではない。


「ちょっとうらやましいですね」


 テルメアがフェリたちを見送りながらそんなことを言う。

 ? 何がだ。


「あの子たち、後輩って感じがするから」


 そういえばテルメアがなぜ後輩であることにこだわるのかは謎のままだな。

 さして重要なことではないし、まぁいいか。



等級について


グランツ王国の冒険者の等級は以下の通りである。


第零等級「ブラック」例外処理、勇者や救世主

第一等級「プラチナ」事実上の最高等級、政治に関わることも

第二等級「金」ギルドの英雄、一介の冒険者としての到達点

第三等級「銀」熟練冒険者、いぶし銀

第四等級「銅」一人前

第五等級「鉄鋼」新人

第六等級「黒曜」駆け出し

第七等級「白磁」登録だけした素人


第零と第一だけカタカナなのは次元が違うから。


金までは「冒険者個人」としての扱いだが、プラチナは冒険者をまとめあげたり政治的な立場を持っていたりと求められる能力が大きく変わる。


かつて冒険者をまとめあげ魔王の右腕と相打ちしたブラックランクの救世主もいるが、彼は指揮官であり戦闘能力を有していなかった。

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