第42話 真相 響

新谷の実家。自室のベッドに寝転がったやや訛りのある新谷の妹、響。


見上げるスマホには兄から彼女ができたとのメッセージ。さらにその彼女らしき女子との写真が添付されていた。


腕を組んで恥ずかしそうに映る兄と、顔を赤くしながらも誇らしげにスマホを構えて自撮りする雀色の髪の少女。


 画像に白すぎる指をあててスライドすると、大きな神社での梅林や大学で一緒に食事をとる写真も添付されていた。


 たった一人の兄の幸せそうな姿と、そばに立つ清楚な女子。


 少し寂しいけれど最愛の兄の人生が充実しているのならそれでいい。


 壁にかけられた時計の針は十二時を指していた。


 家族は既に寝静まっていて、わずかに聞こえる虫の音やアマガエルの鳴き声以外に音はない。


響は枕元に立てたスマホに兄の写真を表示させた。一年前、ブレザータイプの制服を着た兄の正面写真。地味だけど誠実で、誰よりも自分に優しい兄。


自分が苦しい時いつもそばに寄り添ってくれた、世界で一番大好きな異性。


部屋のドアが閉まっていることを再度確認した響はスマホをさらに操作し、新谷の声を再生させる。


それだけで、響の体はスイッチが入る。冷え性な体が火照りはじめ、吐息にも熱がこもった。


「お兄ちゃん……」


兄の声をスピーカーで再生しながら指先を徐々に下へ下へとおろしていく。兄のために取ってある大切な場所に触れると、それだけで全身が張り詰めた。


息が荒くなる。暑い空気の中にもっと熱い吐息が混じる。指は響の意思を離れたかのように激しく動く。


虫と蛙の鳴き声に、女のくぐもった声が混じって夜の闇に溶けていった。


ことが済むと、響はふらふらする足取りで立ち上がって部屋の窓を開ける。田んぼの蒼い香りのする風が、汗ばんだ体に小心地よい。


銀の粒を散りばめたような星空を見上げながら、響は一人呟く。


「お兄ちゃん…… 戻ってきてくれてありがとう。まさか十年も時をさかのぼれるなんて思わんかったとよ。あの女と能力を重ねがけしたのは賭けだったけど、予想以上の大成功」


 前の時間軸で旧帝大の理系の大学院へと進学した響は、物理学の研究のかたわら趣味でタイムマシンの文献も読みふけっていた。宇宙ひも理論やコネチカット大学での高出力レーザー実験を参考にし、超心理学の研究も合わせてわずかだがタイムリープに成功している。


 タイムリープ研究の動機は、兄のため。


 就職浪人し自信を喪失してしまった兄を救うため。そして。


「お兄ちゃん、逃がさんけん。ぜったいぜったい、逃がさんから」


 雲一つない漆黒の空に響の幼さを残す声が溶けていく。


「今度こそ、私がお兄ちゃんのモノになるとよ」


里子としてこの家に入って来た時からずっと、響は兄となった新谷を異性として見ていた。


「あの女を利用して正解だった。一人じゃ十年もタイムリープすることはできんかったし…… あの女とは、相性が良かみたい」


「今度こそ、お兄ちゃんは自信をもって私と付き合うと。あの女を落として、女性関係に自信を持てるようになって、素敵な白馬の王子様になって私を迎えに来ると」


「でも、まだ足りんとよ……」


 四肢をベッドに投げ出したまま、響は下腹部に力をこめる。周囲の景色が溶けた飴のように歪みだし、やがて彼女は意識を失った。


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