第18話 本命の男ほど連絡がこない。

『ごめん、今友達と食べてるから』


丹波口は絵文字を一切使わないシンプルな返信を確認して、スマホの画面を消す。

「しゃーないな」

スマホをしまいながら彼女は陽気に笑った。手元の機械の感触が、いやに冷たく感じる。

「どうしたっしょ?」


 だが隣でメイクを治していた友人が、気遣いの言葉をかけてくる。


 彼女は高校時代からの友人で、同じチアリーディング部だった。


 化粧室には鏡を見ている彼女たち以外誰もいない。


「別に、なんにもあらへんよ?」


「嘘っしょ。スマホ見たとたん、暗い顔したっしょ。あ、ひょっとして~」


 友人がいたずらっぽく目を細めた。


「ひょっとして、彼氏とうまくいってないっしょ」


「そ、そんなことあらへん…… カレシなんておらんし」


「隠さなくてもいいっしょ。この前、先輩に告白されてたの聞いたっしょ」


「知っとるんやね……」


「そりゃ、れんのことならどんなことでも知りたいっしょ。高校からの仲っしょ」


 友人の声のトーンが変わり、いたわるような響きを帯びる。


「困ったことがあったら、なんでも相談してっしょ。れん、けっこう一人で抱え込みがちなところがあるっしょ。あの時だって」


 再び友人の声のトーンが変わった。


「ま、いざとなったらこのカラダ使えばいいっしょ」


 丹波口の後ろに回りこみ、服の上から彼女の胸をわしづかみにした。周囲に人の目がないのをいいことに、手つきがいつもより大胆だ。


「ちょ、ちょっと、やめ、」


「うちのカレシも、部活帰りに腕に抱き着いておっぱい押し付けてから急にうちに対する態度が変わったっしょ。男なんてそんなもんっしょ」


 口を動かしながらも友人は手をとめない。今日の丹波口はインナー代わりのキャミソールの上からシャツ一枚。しかもウエストの部分がしまったデザインなので、体のラインが出ている。


「ま、マジ、ああ、」


「おお~。着やせするタイプなのは変わってないっしょ」


 涙目になって上気した丹波口にひじ鉄をくらうまで、友人は胸を揉み続けた。


「げほ…… マジでやるなんてさすがにひどいっしょ」


「ふん、少しは反省しーや」


 衣服の乱れを治しながら、丹波口は吐き捨てる。執拗にまさぐられたのでお腹の奥がきゅんきゅんとした。


「ん? どうしたっしょ? なんか顔色、悪いっしょ?」


 トイレを出た丹波口の目には、キャンパス内を新谷と連れ立って歩く梅小路の姿があった。


 手をつないでいるわけでもないし、腕を組んでいるわけでもない。新谷とは並んで歩いているだけだ。


 だが、友人同士よりもわずかに近い距離感、新谷を見上げるまなざしに込められた熱、そして何より二人の間に流れる空気。


 思い出したように梅小路が髪をかき上げる時の、新谷の目つき。


 新谷が食堂のドアを開けるために持ち上げた意外とたくましい腕に注がれる、梅小路の視線。


「噂、マジやったん……」


 友人の言葉も、もう丹波口の耳には入らなかった。


はじめて新谷と出会った時、見た目は地味だがなぜか目にとまった。


チアリーディング部だったこともあり、丹波口は高校時代から大勢の運動部の男子とも交流があった。


体格を見せつける男子、大会の実績を自慢する男子、とにかく声が大きくてイキってくる男子。みなある程度は魅力的に見えたし、いいなと思うこともあった。


だが新谷はそのどれとも違って丹波口の目には見えた。


地味で、体格は並なのになぜか落ち着いて見える。


県大会でいいところまで行った男子に似てる。緊張感ある場面を数多く経験してきた感じ。どんな経験をしてきたらあんなオーラが出せるのか?


面白い。とっても面白い。


とにかく彼と、仲良くなりたい。


 丹波口はそう感じ、基礎ゼミ内の男子で真っ先に連絡先を交換した。


でも彼は、自分にあまり興味がないようでメッセの一つも送ってこない。今まで連絡先を交換した男子は、


「いまヒマ?」


「一緒遊びにいかへん?」


「今度おごる」


「試合、見に来てえな」


 こんな風にメッセを送ってくる。時々、怖くなるくらい。


 なのに一番気になっている男子からは、何の連絡もない。基礎ゼミの授業で顔をあわせるときだけが、交流の時間だ。


「今はフリーなんよ。彼氏ができたこともないんよ」


 丹波口は一人ごちる。


高校の同級生は子供に見えて、ないわあって感じだった。先輩は体をじろじろ見てきて、怖いくらいだった。


大学に来ればもっと大人な対応してくれる人に出会えるかと思って。付き合ってもいいかなあと思える人から告白もされたけど。


結局、断ってしまった。


新谷に比べると、どうしても見劣りしてしまう。子供に見えてしまう。


「ケンジ……」


 自分でない女子と並んで歩く想い人の姿を見ながら、丹波口の胸は痛む。


 同時に、思い至る。


 今まで自分にアプローチをかけてきた男子も、こんな風に歯がゆい思いをしてきたのだろうか。

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