第19話 いじめられた記憶。

梅小路は一人暮らしをしているマンションの扉を開け、中に入る。脱ぎ散らかした衣服の匂いと流しに置きっぱなしの皿からの異臭が鼻をついた。


 彼女が暮らしているマンションは両親がすべてお金を出してくれている。


 女子の一人暮らしということで安全を考え、オートロックの三階。


 座命館大学から徒歩十五分とほどよい距離にあり、繁華街から離れていて治安もいい。


 生活費を稼ぐためのバイトにあくせくすることもなく、こんなマンションに一人暮らしをしている自分は恵まれているのだろう。


 そう思うが、親にそこそこの財産があっても自分の病気はどうしようもなかった。


 高校から発症した軽いうつ病。


 体が重だるい、やる気が出ない、朝起きられないという程度。神経内科から薬を処方してもらって受験は乗り切ったのだが、大学で反動が来たのか起きられない時間が増えてきた。


 小学生の時は上履きを隠されたり、砂をかけられたり、給食に消しゴムのかすを入れられるなどの軽いいじめを受けた。


 それもあって中学は家から離れた私立を受験し、無事に合格していじめっ子とは距離を置くことに成功したのだが。


 小学生の時のいじめの記憶がまだ生々しく。


他人の笑い声が、自分をバカにしているように聞こえて怖かった。


 机や椅子を粗っぽく動かす音が、暴力的に感じて震えた。


 移動教室の間にノートやシャーペンが隠されてないかって何度も確認した。


 だから、常に梅小路は気を使っていなければならなかった。


 クラスの委員長が、ホームルームで笑った理由を。


 初めてできた友達が、隣の席でしょんぼりしていた背景を。


 文化祭の時に先生が、褒めてくれた時の下心を。


 常に考え続けて、慎重に行動を選択し、トライアンドエラーを繰り返すことで。

 梅小路は中高一貫の私立高では人気者になれた。外見も周囲が好むように、そこそこのオシャレを心がけた。


 だが大学に入り、人間関係が一変すると今までのやり方が通用しなくなってくる。


 初めて見るクラスメイトは中高が別で、過ごしてきた環境が違いすぎて。


 わからない言葉やついていけないノリが増えた。そういった空気を、意地の悪い女子は敏感に感じるらしい。


 中高一貫という狭いコミュニティーで築き上げた対人スキルの多くが通用しなくなっていた。


 それに、裕福な家庭の子が集まる中ではぐくんできた上品な雰囲気が裏目に出たのか、基礎ゼミの授業で何人かに目を付けられた。


c子たちから陰口が聞こえるたびに梅小路は震えが止まらず、家に帰ってからも怖くて、何もかもが手につかなくなる。


 うつ病が悪化してきて、薬の量が増えていった。


「でも、新谷先生が解決してくれた……」


 梅小路は体をベッドから起こし、部屋の片づけを始める。


 それから着替えを持って浴室におもむいた。


 鏡の前で髪をかき上げながら上着のブラウスから腕を抜く。ピンクのブラに包まれた豊満な胸が露わになった。


 背中のホックを外すと、窮屈な感じが抜けて解放感に満たされる。おっぱいの隙間に風が入って気持ちよかった。


 次にスカートのホックを外し、手を放す。ロングのスカートはすとんと床に落ち、その布地を花開かせた。


 ショーツから足を抜くときにつま先が引っかかって転びそうになる。うつの薬を飲むと動きが鈍くなることもあった。


 二日ぶりにシャワーを浴びると、気持ちがさっぱりとしていく。


 大学に入って少し大きくなった梅小路のおっぱいは、まだ十代ということもありブラに包まれていなくても形と張りを保っていた。


 有田焼のお椀を逆さにしたような形の胸が、シャワーの水滴を弾き、或いは腰のくびれへと流していく。


 異性同性を問わず人をひきつけてやまない魅惑のウエストラインの下には、安産型のヒップラインがあった。


 運動をあまりしないインドア派なので張りは足りないものの、ボリュームは十分だ。くびれたウエストと対比を成すヒップの形は、熟れた白桃を思わせる。


 鏡の前で髪をドライヤーで乾かしながら、梅小路は久しぶりに笑顔の練習をした。

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