第3話 タイムリープしてもエロゲをする

共同風呂共同便所の家賃三万円の、大学近くの安アパートに戻った新谷はパソコンを起動する。その瞬間、ここが二千十五年と最終的な確信を抱いた。


「インストールしてあるエロゲが、全部大学入学当時のものだ……」

映画とみまごうほどの美麗なグラフィック、深い哲学性を内包した重厚なシナリオ、心をわしづかみにして離さないモニターの中の魅力的な女の子達。


大学一年ではまり、十年後には解散してしまったブランドが作り上げた、「ソレヨリ」。


君の〇は。で有名なアニメ監督がプロモーションムービーを制作していたブランドでもある。


新谷はエロゲが趣味だった。


中古で買えば少ない資金でも遊べるし、一月ほど遊んでエロゲショップで売れば五千円で買ったソフトが三千円で売れることも珍しくない。


しかも一度インストールすればソフトがなくともエロゲは遊べるのだ。


二千十五年当時はソシャゲの種類はそこまで多くなかったし、斜陽とはいえ傑作もそこそこ発売されていた。オタクの趣味のなかで占める割合は、十年後より大きい。


 ゲームを起動し、マウスをクリックしながら新谷はつぶやく。


「やっぱり傑作は色褪せないな」


大学入学前に、はまっていたラノベの絵師が原画を担当しているということで買ってみたエロゲ。


そこからどっぷりはまり、大学の楽しい思い出はほぼエロゲに集約されているといって過言ではなかった。


 二時間ほどエロゲをやった後で新谷はパソコンをシャットダウンする。モニターの黒い画面に十年前の自分の顔が映り、タイムリープの実感をいっそう濃くさせた。


 夕食と風呂を済ませ、押し入れから布団を取り出して目を閉じる。


 脳裏に浮かぶのは職場の患者さんのこと。


「一式さん、二条さん、三晃さん」


一式さんはまだ発作が安定してない。


二条さんは職場復帰に向けてのプログラムが進行中だ。


三晃さんは、やっと家族との仲が修復し始めたばかり。


「早く、帰らないと……」


 眠りから覚めた後の未来を想像しながら、新谷は夢の世界に旅立っていく。



 翌朝。


新谷の目に飛び込んできたのは、朝日に照らされた安アパートの天井。


洗面所の鏡で顔を確認しても、大学生のままだ。


戻れないかもしれないという思いが、新谷の心を侵していく。


「なら、どうしようか」


 数年の社会人経験と、暴れたり発作を起こしたりする精神科の患者相手の対応。それらが大学生の新谷にはなかった不動心を与えていた。

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