第44話 マニュアルと経験では精神疾患の相手に通用しない。

 薬寺院駅前にある、モズバーガーというおどろおどろしい鳥のイラストが描かれたハンバーガーチェーンに入る。


向かいにある最大手のハンバーガーチェーンより値は張るが、落ち着いた雰囲気で話をするにはもってこいだ。


「社会人になった私がタイムリープをして、大学であなたと再会した。そして再び、高校時代にタイムリープしてきた、と……」


 恋人同士だったことはぼかしてあらましを話し終わった新谷は、ぬるくなったコーヒーを一口すすった。


「話はわかりました」


 梅小路は楚々とした雰囲気で、新谷と同じようにコーヒーを飲む。


「信じてくれたの?」


「口から出任せにしては話が具体的すぎますし。初対面とは思えないほど私の個人情報を知っている。おまけに、私の能力をそこまで把握している以上すべてが嘘だとは思えません」


前の時間軸と違い、どこか突き放したような物言いに新谷は胸が痛んだ。


病院で一年近くリハビリを行ってきたことも。大学で数か月、共に時間を過ごしてきた記憶も。


今の彼女にはない。


「しかしそれだと、なぜ今の私に未来の記憶がないのかがわかりません」


 梅小路はあごに手を当ててしばし黙考する。口寂しくなったのか、一緒に頼んだケーキを一口、口元に運んだ。


 彼女がケーキを食べるのを見るのは初めてだった。まるでナイフのようにケーキを切り分け、上体を崩さずに優雅に口元に運んでいく。


 楚々とした仕草に、新谷は改めて彼女に惹かれた。


「タイムリープしたのは私以外の誰かかもしれませんね」


「心当たりがあるの?」


「いえまったく」


 今度は新谷が考えこむ。今回のタイムリープでそばにいたのは、翔太だった。前回は可能性から除外したが、ひょっとして彼の仕業だろうか?


「その表情…… 心当たりがあるようですね」


「まあね。でも、ごく少ない可能性の一つってだけで」


「それはそうでしょう。タイムリープができる人間があちこちにいたら大変です」


 この時間軸に戻ってきて彼女は初めて笑った。


 大学時代よりもあどけない表情が、シックな制服に彩られていっそう魅力的に映る。

 

恋人同士でなくても、せめて和やかな時間を過ごしたい。


だがタイムリープについて話し終わってから会話が途絶えてしまった。梅小路はこちらをまだ警戒しているのかもう興味を失ったのか、ただコーヒーを喉に流し込み、ケーキをフォークで切り分けることに専念している。


どうすればいいのだろう。


 ふと、脳裏に大学にタイムリープしてきた直後に翔太に相談したことを思い出した。


 積極的に会話しろ、気味悪がられたっていい、恋愛は面倒くさいけどそれがいい。


 だが目の前の梅小路を見てそれが役に立たないことを即悟った。


マニュアルとは一般人に対してのものであり、梅小路のような特殊なタイプには通じないのだ。


一度選択肢をミスればそれで終わり。もう二度と会いたくないと思われてそこで試合終了。こうして向かい合っただけでわかる。梅小路は今も昔も、他者への警戒心が異常なほどに強い。


ならどうする? 新谷は前の時間軸でどう対応したかを思い出して会話をつなぐ。


「どうぶつがいっぱい出てくるゲームで」


「編みぐるみが……」


だが雀色の髪の毛の少女の反応は芳しくなかった。大学でハマったというゲームも、編みぐるみも、この時間ではまだ彼女の趣味になっていないようだ。


自分との会話に相槌さえ返さず、淡々と目の前のコーヒーとケーキに口を付ける梅小路の姿。新谷の胸がきしみをあげるかのように痛む。


目の前にいるのに、梅小路がどこよりも遠い場所に行ってしまったかのように感じた。


現実の彼女はずっと不機嫌そうな顔をしているのに、重なって見える大学生の梅小路はずっと笑っている。


もう、いい。


新谷は気持ちを切り替え、精神科でのリハビリを思い出す。


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