第43話  二度目のタイムリープ


「おい?」


 体を揺らす振動で目を覚ました新谷の隣には、いつの間にか翔太がいた。


 梅小路と恋人同士になって、浮かれた気分でいつもと違う思いでエロゲをして、部屋の中で寝付いたと思ったら全く別の場所だ。


 この感覚は初めてではないので、とにかく冷静に辺りを見回す。青を基調とした座席のシート、高校時代の制服に身を包んだ元クラスメートたち、窓の外の景色を流れる見覚えのある情景。


「また、戻ったのか……?」


 ここはどうやら中高一貫校に通っていたころのバスの中のようだ。


「いったい、どうして…… 梅小路さんに何かあったのか、それともタイムリープの能力をコントロールできていないのか……」


 新谷は満員のバスにもかかわらず席を立ちあがり周囲を見回す。ブレザーと赤いネクタイの制服の中に、ちらほらと混じるミッションスクールの制服。


 前がぴったりとしまった紺のジャケットのようなデザイン。その中に探していた顔がいた。


通路を挟んで向かい側の座席に、文庫本を読んでいる雀色の髪の女子。大学と違って髪の長さはセミロングだが、恋人の顔を見間違えるはずもない。


「おい、新谷? どうしたんだよ?」


 背後の翔太の声など耳に入らない。つい昨日恋人になったばかりの少女に新谷は震える声で話しかけた。


「梅小路さん……」


 だが梅小路からは何の返答もない。変わらぬペースで文庫本のページをめくり、バスがカーブにさしかかると鞄につけたストラップが揺れた。


 大学で見た編みぐるみでなく、土産物屋で買えるようなごく普通のものだ。


 三度目でやっと顔を上げ、新谷と目が合うと髪と同じ色の眉根を寄せた。


「あなた、誰ですか?」





 その返答に、新谷は地面が揺らぐのを感じた。


 覚えていない……? タイムリープのショック? 意図的に無視している?


 考えうる限りの可能性が頭を駆け巡るが、どれも正鵠を射ていない気がしてならなかった。


 そのうちにミッションスクールの制服に身を包んだ梅小路は関心を失ったのか、再び手元の文庫本に目を落とした。


すみません、人違いでした。


そう言って席に戻るのが正しい、常識的な態度なのだろう。



 だが新谷はそうすることができなかった。ここで諦めたら、関係が終わってしまうような気がして。


 もう二度と、恋人同士にはなれない気がして。


 二人掛けの席が二列並んだバスの中では、立ち上がっていると目立つ。同じ智上高校の生徒が新谷を見ながらからかうような言葉を聞こえよがしにつぶやいていた。


「おい、新谷。事情は分からねえけどとにかくいったん座れよ」


 だがその程度では新谷は止まらない。


髪の短くなった彼女の関心を引くために、思いつくままに言葉を並べ立てた。


「タイムリープ、うつ」


梅小路が文庫本のページをめくる手が止まる。


 手ごたえを感じた新谷は、さらに言葉をつないだ。


「はじめは周りがからかってると思ってた。でも時計の針や太陽の位置、飛行機雲の軌跡を見て、本当に時間を戻ってることに気が付いた」


「アニメみたいな便利な能力じゃない、勝手に時間を戻ることもある、戻った後はしばらく寝込んでしまう」


 翔太は「突然何言いだしたんだこいつ?」とでも言いたげな顔で新谷を見上げていた。


 だが同じように新谷を見上げる梅小路の瞳は、雀色の髪越しに強い意志を感じた。

「次は薬寺院駅前~」


 バスのアナウンスが停留所の名を告げると、ほぼ同時にチャイムの音がしてバスの中の停車ランプが一斉に光る。


新谷が降りるのとは別の停留所だが、新谷の使う博神駅から智上学園までの路線にある大きな駅の一つ。


ほかの乗客たちに混じり、梅小路は無言で立ち上がって出口に向かっていく。


駄目だったか。


そう感じて落胆する新谷を、ナンパに失敗したと勘違いした翔太は軽く肩を叩く。


セミロングの髪を揺らしながら、通学鞄の中から定期券を取り出す梅小路の後ろ姿。


ミッションスクールの制服に身を包んだ彼女は記憶の中にあるそれよりも幼く、はかなげに感じられた。


定期券を自動改札機にかざす電子音と共に、鈴の鳴るような声が聞こえた。


「……話、聞きましょうか」

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