第5話  十年越しの出会い

「み、皆さん。揃いましたね? ではははは、はじめます」


やがて教授が入室し、基礎ゼミの説明がはじまる。


 偏差値が高くても、真面目な人間ばかりではない。先生の説明をスマホ片手に聞くグループと、真面目に聞く数名のグループに分かれる。


だが順調に就職していくのはほとんどがスマホ片手グループだ。


 今回の人生ではこういうやつらともうまくやっていこうと決意しながら新谷は周囲に目を配る。


 その中の一人に目がとまった瞬間、彼女から目がはなせなくなった。


赤みを帯びた茶褐色である雀色の髪。


わずかに口元に浮かんでいたしわは無くなっているが、髪色も宝石のような瞳も少しも変わっていない。



 誰とでも挨拶をかわし、愛想よくあか抜けた外見は一見陽キャに見える。B子と違って不自然なメイクではない。


 だがその内面はガラス細工のようにもろいことを、新谷は良く知っていた。


「梅小路、うみと言います。趣味は編み物です。よろしくお願いします……」


 一見イケている外見とは逆のインドアな自己紹介に、基礎ゼミ内の数人から歓声が上がる。


「よろしくー!」

「こちらこそー!」


 ある男子は手を振り、別の男子は大きな声ではやすようにしゃべる。


 急に自己紹介を始めたりせず、まず自分の存在を印象付けるアピールは手慣れた感じを受けた。


 それらの男子たちに、梅小路は軽く手を振ってこたえた。男子たちのテンションはますます上がっていく。


 だが梅小路の表情や仕草、立ち姿の微妙な変化から新谷には彼女が怖がっているのがよくわかった。


 なのに彼女に夢中の男子たちは、行動を改める気配がない。女慣れしていそうな雰囲気なのに、彼女が怖がっていることに気が付かないのだろうか。


 だが仕方がない。優しい男より強引な男の方が、モテるのだから。


優しい男は利用され、捨てられ、運が良ければキープしてもらえるのが関の山。


弱者男性をいじり倒し、軽く小突くなどの暴力を女の前でふるう、それくらいの男の方がモテるのだ。


端的に言えばいじめっ子がモテる。もしくはモテるためにいじめをするのかもしれない。


さらには強引を通り越して暴力的な男性の方がモテるというのは、様々なデータから立証されている。配偶者を持つDV男性が後を絶たないのはその一例に過ぎない。


統計的に、暴力的な男性を好まない女性はせいぜい一割程度だ。


 そのうちに梅小路と新谷の目が合う。


 梅小路の黒い宝石を思わせる瞳が見開かれた。メーカー名など新谷にはわからないが、おしゃれなシルバーの腕時計が生地の薄いブラウスの隙間からちらりと見える。


 やがて宝石から一滴の涙がこぼれ、新雪を思わせる色の肌を伝っていく。


 はりつけたような笑顔は春の雪のように溶けて、あどけない素顔がのぞいた。


 新谷が小さく手を振ると、彼女も手を振り返す。教室が声援に沸くが、新谷には周囲の雑音などもはや耳に入っていなかった。


「梅小路さん……」


彼女は休職して精神科デイケアに通っていた、十年後新谷の担当する患者の一人だった。

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