第29話 陽キャとシンママによる児童虐待
新谷に暴行した後、ただいまも言わず富田は住んでいるアパートの戸を開ける。
彼が住む二階の部屋へと通じる外階段の手すりにはサビが浮き、体重をかけるたびにきしんだ。
テーブルに冷蔵庫、食器棚という最小限の家具しかない室内では、幼い赤ん坊をあやすくすんだ金髪の女性が座っていた。
「お帰り。英二……」
富田を見て女性は目をとろけさせるが、無言で歩み寄ってくる彼の表情を見ると身を固くした。ほぼ同時、彼女の頬を富田の拳が襲う。
視界に星が散り、口の中に鉄臭い血の香りが満ちた。それにもかかわらず彼女は富田のために買っておいたコンビニの弁当を差し出す。富田は無言で弁当を受けとり、中をかきこんでいった。
女は富田が半年前から同棲しているシンママで、名を忍ヶ丘といった。
離婚した寂しさで新しい男を探していたところ富田に引っかかり、ひと月前から一緒に暮らしている。国から出る養育費の半分以上を富田が持って行ってしまうが、グチ一つ言わない。
「ごっそさん」
弁当を食べ終わった富田が後片付けもせずにスマホをいじっていると、忍ヶ丘の腕の中の赤ん坊がぐずり始めた。
「うええ、うええ……」
富田はスマホをいじる手を止め、赤ん坊の下に駆け寄ると平手打ちをくらわす。
「うるせえ!」
一度では済まなかった。何度も、何度も。赤ん坊の顔や体を暴力が襲う。新谷以上にアザだらけになった赤ん坊を見下ろして、富田の表情がわずかに落ち着く。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
忍ヶ丘がぺこぺこと頭を下げ、腕の中の赤子をにらみつける。
「ほら、泣くんじゃないの! 英二が怒るでしょ!」
忍ヶ丘は腕の中の我が子をひっぱたいた。眼を怒らせ、華奢な手を振り上げるその表情に母親としての愛情などろくに感じられない。
こんなことは日常茶飯事だった。
富田が暴力を振るうと、忍ヶ丘もそれに加担する。同じ相手に対し暴力を振るうことで仲間と認識してもらえるのを、彼女は強く感じていた。
『あんたがいるから、彼が怒るのよ』
『あんたなんか、あんたなんか』
富田にとってみれば赤ん坊は他人の子にすぎない。彼の愛を願う忍ヶ丘にはすでに邪魔な存在となりはてていた。
一方忍ヶ丘は富田に暴力を振るわれるたびに。
『この人は、私がいないとダメなのね』
とDV被害者の典型的な思考回路で、富田への愛をますますつのらせていく。
我が子を生贄にして。
だがこういった事例は決して珍しくはない。日本では全世帯数の3%に過ぎない1人親家庭が虐待事件の3割近くを占めているし、子供を殺害するのは実母が最も多い。
さらにカナダの研究では母親に新しいパートーナーが出来ると我が子の殺害リスクが20~80倍増加することが確認されている。
新しい男の寵愛を得るため、お腹を痛めて産んだ我が子を虐待し、時には殺す。
女とはしょせん、こんなものだ。
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