第16話 『女なんて突っ込んじゃえば、大概は言うこと聞く』

「ちょっと待つしい」


 c子が談話中にスマホを取り、画面を確認するやとろけるような笑顔になる。

「ま~たやってるよ」


「最初は見てて楽しかったけど…… こうもウザイと飽きてくるね」


 苦笑しながら、c子のグループの女子たちは自分たちもスマホを取り出す。


数日後の基礎ゼミの教室。合コンでめでたく智上高校卒の彼氏をゲットしたc子は、その後も頻繁にやり取りを続けていた。


他のグループの女子たちも、交際確定とはならなかったが連絡先はゲットしている。


カレシと彼氏候補ができた、しかもかなり上の偏差値の高校出身者とあってc子たちは中を深めるのに必死だ。


女子は付き合っている男子の価値でグループ内の自分の価値が決まるため、モブのa子とそのカレシなどもはや眼中にない。


「今度、お弁当何作ってあげようかな」


 そう言いながらレシピを参照している。スマホでなくわざわざ紙のノートに手書きしているあたり、本気度がうかがえた。


 c子を出身校の男子に紹介することに後ろめたさはあったが、付き合ってみれば意外と尽くすタイプらしい。


翔太経由でc子の彼氏になった男子から聞いた話によると。


c子には基礎ゼミ内で気になっていた男子がいたらしい。それもかなり本気。


だが彼は梅小路にアプローチするばかりで彼女には目もくれなかったらしい。


梅小路が付き合うなり、真摯に断るなりすれば諦めもついたかもしれないが、当の梅小路は迷惑そうな顔をしてばかり。


それにムカついて今回のイジメに至ったらしい。


「女子のイジメは可愛いから、という理由が多いって聞くけど、ホントなんだな……」


だが理由を聞いても、c子に同情する気はこれっぽっちもわかなかった。


 病室のカーテンを閉じてまで自分の世界に引きこもった、梅小路の未来の姿があざやかに思い浮かぶ。


人をあんな目にあわせていい権利なんて、誰にもない。


たとえ未来を変えてでも、運命に逆らってでも。新谷は彼女を助けたかった。


「というか、本気だったならこんなにあっさりと他の男に乗り換えられるものなのかなあ……」


未来で、職場の女性から聞かされる女のドロドロした恋愛というのは本当におぞましい。本命の男がいながら常に数人の男を別にキープし、別れをちらつかせながらデート代をすべて男子に負担させ、結婚すれば男の稼ぎをすべて管理し、不倫してできた別の男との子供をあなたの子供と偽って育てさせる。


調べたところ、托卵の割合はおよそ四十人に一人か二人。


『三次元女ってやっぱり恐いよ』


新谷はラインで翔太に愚痴ったところ、


『イヤミか?』


と訳のわからない返答が帰ってきた。


女子同士とはいえ、やがて話題は下世話なものに移っていく。


「それで、カレシとはどこまでいった?」


「ひ、秘密」


 彼女の真っ赤な顔を見るに、夜の生活も順調なようだ。


『女なんて突っ込んじゃえば、大概は言うこと聞くもんよ』


「お姉ちゃんは清純なはずがない」のヒロインのセリフが改めて思い起こされる。


「これなら、安心かな」


 a子は急に自分に興味を失ったc子たちにキョトンとしていたが、それでいい


助けたことが知られても、他の男子に熱を上げている女子がたいして感謝するとも思えなかった。


女子というのはいつもそうだ。「優しい男子がいい」と上の口では言いながら。


実際は強引なくらいの男子を好み、優しいだけの男子には「あなたのそれは優しさでなく弱さ」とトラウマを植え付け、強くて格好よくて金のある男のもとへ走る。


昨日もa子はアルファ系の男子と腕を組んで楽し気に歩いており、すれちがった同級生らしきモブ男には見向きもしていなかった。


女とはしょせんそんなものだ。


 私立大学の教室によくある樹脂製の扉が開かれ、新雪のような肌にロングヘアーの少女が教室に入ってくる。


 合コン以降、彼女が基礎ゼミの授業を休むことはなくなった。


 今日は白のフリルブラウスにベージュのロングスカートという大人っぽいコーデ。


 黒い宝石のような瞳は教室の中で何かを探すように視線を巡らせる。やがて新谷と目が合うと、シミ一つない処女雪の肌に小さなえくぼができた。


 それだけで、新谷の胸には痛いほどの甘い疼きが走る。


 教室中の空気が一変したのが新谷には感じ取れた。


 皆そわそわとしはじめるが、梅小路に話しかけに行くのは二の足を踏んでいる。


 c子たちのグループさえ例外ではなかったが、さすがに気まずそうに顔を背けた。


「うみ~! おはよー」


「丹波口さん……」


 空気をあえて無視したかのように丹波口が大声で手を振ると、梅小路も手を振り返す。


 手首のシルバーの腕時計が、照明を反射してまぶしく光った。


 その声を皮切りに、梅小路と同じグループのメンバーは手招きで彼女を誘う。ためらいがちに腰掛けた彼女たちの会話は最初こそぎこちなかったものの、丹波口の明るさで徐々に前の調子を取り戻していった。


 初めの方こそ話題のドラマの話や前回の基礎ゼミの内容など、いつも通りの話だったが。


 徐々に会話のトーンが変わる。


 人目をはばかるように声が小さくなり、人の輪が徐々にすぼまっていく。


 そのせいで新谷には、会話の内容が途切れ途切れにしか聞こえなくなった。


「噂になってるよ、」


「あの後、」


「え? マジ? そこはもっと押さないと」


 小声の中に時折、高いトーンの声が混じる。


 クラスの別の人間も会話にこそ加わらないものの、聞き耳を立てているのが感じられた。


 新谷に視線を向けてくる者もいるが、以前陽キャのガンをいなした一件もあるのか話しかけようとする者は誰一人いない。


「お、おい」


「俺やだよ、こええよあいつ」


「またキレられるのとか、勘弁」


 会話の内容は見当がつく。


 だが、梅小路との合コンでの会話や態度は、未来で彼女の精神科のリハビリを担当した時には良く見られたものだ。


 色気のある話ではないし驚くほどのことでもない。


 好意を持ってくれているのかもしれない。だが好意と感謝を勘違いされるのも、別の担当患者で何度か経験した。


 深呼吸し、ざわめく心を落ち着かせる。


 梅小路の心が壊れなければ、それだけでいい。新谷は自分に言い聞かせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る