第12話 陰キャは人の気持ちを察するのが上手い

「新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった、新谷君と話しちゃった~!」


 梅小路はベッドの上を赤面しながら転げまわる。


 昨晩脱ぎ散らかした衣服が跳ね、キャミといわずブラといわずショーツといわず、すべてがベッドの下に落ちた。


 梅小路は同じグループの子と相手をするのに疲れ果て、家族と久しぶりにラインするという理由を付けて一人になった。


 カフェテリアにいたらたまたたま同じ基礎ゼミの丹波口と一緒になってしまったけど、新谷と話すきっかけを作ってくれたことには感謝していた。


「私一人だけだったら、絶対スルーしてたよね……」


 新谷が自分のことを覚えているかはわからない。


 でも自分は、新谷のことを一秒たりとも忘れたことはない。


 優しい目も、自分が何を言っても受け止めてくれた心の広さも、一緒に散歩した時の過去の記憶も、梅小路の宝石のような宝物の一つだった。


 周りにお邪魔虫がいたせいで心底楽しめなかったけど、彼とあんなにも長い間おしゃべりができたのが嬉しくて仕方がない。


 なんだか今日は、全身にやる気がみなぎっている。うつ病の薬で無理に躁状態になった時とはまるで違う、自然な力が全身をめぐっている。


「久しぶりに、やろうかな」


珍しくテキパキと机の上を片付け、大学の帰りに百均で買ってきた編み糸とかぎ針を広げた。


ゲームとアニメ以外の、彼女の数少ない趣味。人に自慢できる、数少ない特技。


 かぎ針を編み糸で作った輪の中に通し、くさりのようになった糸を渦巻きのように巻いていく。立体感を付けドーム状になるように形を変えたら中に綿を入れ、真ん丸になるようにさらに編んでいく。


 編み糸の間にかぎ針を通す。ただそれだけを延々と繰り返しているだけなのに、一本だった編み糸があっという間に形を変えていく。


 いやなことを何もかも忘れ、集中できるこのひと時が梅小路にとっての至福だった。


 つながるように編んだ二つの球体。それにビーズと別の色の編み糸で目と口を付けると、あっという間に雪だるまの完成だ。


「できた~」


 へとへとになった梅小路は机に突っ伏し、胸がつぶれるのを感じながら大きく伸びをした。


 疲労感を上回る心地よい充実感。やはり作品が完成するとやり切った感がある。


 こんなきれいなものを作れる自分は、いらない子じゃないって少しだけ思える。


 編み物で作るぬいぐるみ、「編みぐるみ」をなでると毛糸の暖かく優しいさわり心地が、梅小路を癒した。






 リアルでノベルゲームのようなルート分岐もしくはイベントが発生していた。


「なんでa子みたいなのに彼氏ができたんだろうねー」


「あんな地味子が」


「ユーワクしたんじゃね?」


「むしろ無理やりされて、そこからズルズルいってるとか」


 甲高い笑い声が今日も基礎ゼミの教室に響く。


 それを教室の隅で聞いているa子は反論することもなく、ただ俯いてスマホをいじっていた。


中高とちがってクラスが固定されているわけではないが、いじめっ子と一緒にいなければならない時間というのはどうしてもできてしまう。


彼女たちの声が響くたびに身を震わせるa子の姿は見ていて気持ちのいいものではない。


PTSD、境界性パーソナリティー症候群…… 病名は色々あるが、わずかな物音にも反応するのは相当なストレスにさらされてきた証拠だ。


精神科の病棟で、物音に反応して暴れだす患者を抑え、医師に鎮静剤をうってもらった記憶が新谷の脳裏にまざまざとよみがえる。


そしてイジメのある教室の雰囲気というのは、他にも伝播するものらしい。 


「なんかさー」


「梅小路さんって、あれだけ可愛いのになんでカレシ作んないの?」


「ウチの彼がさ、ワンちゃんあるかもって狙ってるみたいなんだよね」


「マジ? サイテーな彼じゃん」


「彼は悪くないし、悪いのは特定の相手作らずにユーワクしまくる女だし」


梅小路もまた、優れた容姿と引っ込み思案な性格が相まってターゲットとなりつつあった。男子のイジメは弱いものがターゲットになるが、女子のイジメは嫉妬が原因となりやすい。


今は軽い嫌がらせ程度ですんでいるが、じきにゼミの連絡をわざとしない、持ち物を隠すなどのイジメにつながっていくのは明白だ。


梅小路のグループのメンバーは気が弱い子が多いのか、積極的に彼女をかばおうとはしない。


丹波口のようなギャルっぽい陽キャならうまくやれるのだろうが、梅小路は場の空気を支配することに長けてはいないようだ。


「彼女たちが悪いわけじゃないのにな」


勘違いされがちだが、いじめられっ子になりやすい陰キャは他人の気持ちを考えるのが苦手なわけではない。


だがコミュニケーション能力は低くなりがちだ。


「コミュ力とは空気や相手の気持ちを察しつつ、自身の目的を達成すること」と定義すると。


イエール大学の研究で「孤独で自尊心が低い人や内向的な人間、いわゆる陰キャは他者の行動を読むのが上手い」という結果が出た。


陰キャは常識とは反対に他者の気持ちを察し気遣えるということになる。だが教室で他者の意見におびえて縮こまるのは陰キャで、陽キャはカースト上位に君臨し、対人トラブルを起こすことも少なくコミュ強になりやすい。


たとえば、陰キャは他者の言動におびえ、一挙手一投足に至るまで気遣っても。わずかでも上位カーストの気に障ればぞんざいな扱いを受ける。


一方陽キャがウエーイしてる教室ではその他大勢が顔をしかめているだけ。


コミュ力とは空気と気持ちを察するだけでなく。「傍若無人に振る舞っても許される地位にあるか否か」でもあるからだ。


「このころから、梅小路さんの発症のきっかけはあったんだな」


新谷は一人ごちる。


イジめでも嫌がらせでも、見ていて気持ちのいいものではない。それが浅からぬ付

き合いのあった相手であれはなおさらだ。


「でも、どうすればいいのかな」

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