第13話  抜きゲーは気分転換に最適

新谷は自宅に帰った後、すぐにエロゲを起動する。


嫌なことがあるととりあえずゲームをするのは、幼い頃から変わらない。


「とりあえず『アンサマ』やるか」


モニターに映るのは、主人公に悩みを打ち明けるヒロイン。


この作品では異世界も超能力も、ましてや名家すら出てこない。


平凡な家庭に生まれ育っただけの主人公が、四苦八苦しながらヒロインの悩みを解決して心身共に結ばれハッピーエンドという、ありふれた展開だ。

平凡な設定をbgmとシナリオライターの技量で昇華させた傑作。


のはずなのに、今日に限ってシナリオもbgmも頭に入ってこない。


新谷は荒い手付きでセーブし、ウインドウを閉じた。


そのまま後ろ向きに倒れ、日焼けした畳にごろりと寝転がる。


夕飯を食べてもゲームをしても、脳裏に梅小路のことがちらついて離れなかった。


「僕に何ができるっていうんだ……」


自分は就職浪人し、ゼミ内にろくな居場所もない陰キャだ。


それにタイムリープなどというトンデモ経験までしている。


過去を変えてはならないかもしれないし、いつ戻ってしまうかもわからない。


何もしなくてもいい。


自分が何もしなくても世界は回っている。


『新谷先生……』


だが頭を掠めたのは未来の記憶。


出会った頃の梅小路は、ストレスと抗精神薬の副作用で廃人のようだった。


何もしなければ彼女が再びああなるのは間違いない。


人間関係はもともと得意な方ではない。だけど、患者をほうっておくことはできない。


今まで出会ってきた数多くの患者の姿が一気に新谷の頭をかけめぐる。


畳から起き上がった新谷の脳は、解決策を必死に探していた。


「タイムリープ? 陰キャ? そんなのどうでもいい」


運命への闘志に燃えた新谷の顔が、獰猛な笑みを浮かべる。


自分のような思いをした人たちをなんとかしたくて、自分は精神科で働き始めたのではなかったのか。



『あ、ああ、』

『そこ、そこ』


 だがそう簡単に解決策が見つかるほど世界は甘くない。


 ささくれた畳の部屋に備えられたパソコン。その側面から伸びるイヤホンから、卑猥な声が響く。


知恵熱を出しそうになった新谷が気分転換にプレイしているのは、『お姉ちゃんが清純なはずがない』。いわゆる抜きゲーだ。


抜きゲーとは「ソレヨリモ」や「アンサマ」と違いストーリーより抜き、すなわちエロに特化したエロゲーで数クリックでエッチシーンにたどり着けるものも多い。


シチュも純愛系と違ってやや強引なシーンやマニアックなプレイも多いが、新谷がプレイしているのは女子が嫌がるタイプではない。


「女の子がかわいそうなのは抜けないしね」


 だがあの手この手で女子が主人公に対して屈服していく描写にはカタルシスを感じる。


 強いと思われていた相手をあっという間に下していくのは、俺強い系のネット小説のような心地よさがあった。


 ヒロインにもいろいろなタイプがいる。


『そういうの、良くないと思います』


『~さん、これで私を縛るのが好きなんでしょう? 女性を抵抗できないようにしてからじゃないと本番できないとか、ほんと…… 最低ですね』


本当は主人公に好意を持っているが言い出せない子。恥ずかしさをごまかすために自分から道具を持ってきたりする子。


『はあ? なんであんたなんかと。話しかけないでよね、クズ』


『ちょっと、何考えてんの』


 主人公のことが初めから大嫌いなのに、チョロい系であっという間に堕ちてしまう子。罵声を吐きながら腕を押さえつけられても嫌がっていないがわかるのは、エロゲならではか。


 リアルなら絶対わからず、口で言うことをそのまま信じて場を白けさせてしまうだろう。


 とりあえず頭を空っぽにしてただひたすらマウスをクリックしていく。


 指一本でシナリオが進んでいき、ストレスある展開もないから息抜きには最適だ。


 だが抜きゲーをやりながらもa子や梅小路の辛そうな顔が時々思い浮かび、集中できなくなる時がある。


 基礎ゼミの教室での噂話、それを聞くだけでただ耐えている彼女たちの表情。


 女なんて、と思っているのに人が嫌がっているのを見るのが耐えられない。


 だがエロゲは人生だ。


『』


 そう思いながらマウスをクリックして再生されたキャラボイスを聞いたとき、新谷は悟りを開いた心地がした。


「これ、使えるかも」


ゲーム内の女子を虜にする方法を指南するキャラの台詞を聞き、新谷はa子や梅小路の状況を解決する方法をひらめいた。

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