第39話 別れ
女子に面と向かって告白される。男にとってあこがれのシチュエーションの一つだろう。新谷も学生時代も、社会人になってからも、何度も何度も妄想した。
しかも相手は美少女で、前の時間軸も含めれば二年近くの付き合いがある。いたずらや罰ゲームの可能性はゼロだ。嬉しくないはずがない。
しかも自分を好きになった理由を丁寧に説明してくれた。自尊心をかきたてられ、自信をもって相手からの告白に応じられるのだろう。
普通ならば。
だが新谷の心は逆に冷えていった。
新谷は背が高い方でもイケメンでもない。スポーツは野球もサッカーもマラソンも苦手だった。得意なのは親に勧められて始めたテニスくらいで、体育の成績はずっと3。
そこそこの大学を出たという自負はある。高校も、地元では名の知られた進学校だ。
だが就職浪人し、自分より成績の低かった同級生たちが次々に一流企業に内定していったのを見て学歴への誇りがガラスのごとく砕け散った。
およそ自分にはモテる要素が何一つない。新谷はどうしてもその考えから抜けられなかった。
梅小路がこんな自分に思いを寄せてくれたのは、「患者と治療者」という関係だからだ。
その関係が無ければ、別の男と付き合うに決まっている。
そう思うと、さらに頭の中で声がして、梅小路への思いに急激なブレーキをかけた。
「患者を好きになっていいのか?」
「社会人として独り立ちしたら、自分に飽きるのではないのか?」
新谷はためらいを口に出したわけではなかった。だが梅小路は表情と空気だけで察してしまったらしい。
「新谷先生…… やっぱり私なんかじゃ、ダメですよね……」
梅小路の目から、見る間に涙があふれた。今度は頬を伝う涙ではなく、滝のように流れる滂沱の涙。
ワンピースの裾をひるがえらせて、彼女は走り去っていく。
新谷は追いかけるどころか、呼び止めることさえできなかった。
灰色の雲から滴り始めた雨は、いつの間にか豪雨へと変わっていた。
肌に張り付いたポロシャツとチノパンをそのままで、新谷は古都の街中を当てもなく歩いている。
「急にふりだすなって」
「ほんとだよねー」
雨を避けようと、急ぎ足でコンビニへと駆けていくカップルが自分を怪訝そうに見つめていた。
だがどんな目で見られても今の新谷の心には届かない。だれもいない公園にふと目についたベンチに、力なく腰を下ろした。
親しい人と別れたことはある。大学一年の時に父方の祖父と死別し、社会人になってからは母方の祖父母が亡くなった。高校在学中に教師が病死したこともある。
別れには慣れたはずだった。
それなのに。梅小路が顔をくしゃくしゃにして自分の前から走り去ってしまったことが。
自分が、彼女を傷つけてしまったことが。
こんなにも痛い。
「――」
何が悪かったのだろうか。梅小路に深くかかわりすぎたのだろうか? 基礎ゼミのクラスで彼女が孤立しかけた時も、何もするべきでなかったのだろうか?
「~ジ!」
でもそうしたら、彼女が壊れていた可能性もある。だが前の時間軸ではどうだったのだろうか? 自分の助けなどなくても、彼女は十年後まで生きていた。
わからない。考えれば考えるほど、わからなくなる。
「ケンジって! どないしたん?」
気が付くと丹波口が傘を差しだして、雨を遮ってくれている。だが彼女がいつそばに来たのかすら、今の新谷にはわからなかった。
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