第8話 梅小路 うつ病の症状1
基礎ゼミが終わった後、大学のカフェテリアで梅小路は友人数名と昼食をとっていた。
大学では交遊にとくに問題はない。今のところはライングループでハブられていることもないし、昼食を一緒に食べる友達もいる。
注文したトルコライスを前に、彼女はバックから小さなポーチを取り出す。
市販のものではなく、手編みの毛糸で作っており赤と緑の二色で構成されているなどデザインも凝っている。
「すごいね~」
「うみ、女子力高い~」
「梅小路さん、わたしにも作り方教えてよ」
「今度ね」
そう言いながら梅小路は毛糸のポーチから錠剤を取り出し、水で飲んだ。白すぎるほどに白い喉がごくりと鳴る。
「何の薬?」
女子の一人がさりげなく聞いた言葉に、梅小路は表情を濁らせる。
「ま、いいか。それより……」
空気を呼んでくれたのか彼女はそれ以上聞かない。それ以降はあたりさわりのない会話と共に、和やかに食事を楽しんだ。
その後の授業もつつがなく終わり、梅小路は一人暮らししているマンションの玄関を開ける。
「ただいま~」
誰もいなくても、寂しさを紛らわせるためのあいさつは欠かさない。
そのまま自室のベッドに倒れこんだ。その拍子にロングのスカートの裾がめくれあがり、真っ白なふくらはぎがあらわになった。
その奥は、まだ誰も受け入れたことのない秘所に続いている。
うつぶせになった彼女は上着のカーディガンをハンガーにかけることも、メイクを落とすこともしていない。
梅小路うみは高校、大学と優等生でとおってきた。
遅刻も絶対にないし、プライベートでも待ち合わせに遅れたことがない。
予習復習を欠かさずに常に好成績をキープし、生徒会でも活動する。
そうやって必死に親の、周囲の期待に応えてきた。
親は自分がいい点を取ったり、運動会で活躍すると褒めてくれたが、反面彼女が何か問題を起こすと烈火のごとく怒ったり、逆に落胆したりした。
与えられる罰も苛烈を極めた。
小学生の彼女が一日何も食べずに過ごしたことも、一度や二度ではない。
だから親の期待を裏切らないように必死に努力した。
友人の話題を必死に調べて、会話に遅れないようにした。
「好きでもない話題調べて、話合わせるのいやだな…… そんな時間があるなら、好きなことやりたい」
「好きな本だけ読んでいたい。好きなアニメだけ見ていたい。焚火の動画とか、雨の動画何時間でも見ていたい」
倒れこんだベッドから横目で自室を見渡す。
脱ぎ散らかした私服、たまりにたまった洗濯物、朝食べてから出しっぱなしの食器。
実家にいた頃は親が家事をやってくれていたが、一人暮らしではすべて自分がしないといけない。
やろうとは思うけど気力がわかない。
甘えてると言われるのが辛いけど、本当に、指一本動かせないのだ。
幼い時から常に気を遣っている梅小路の精神は、徐々にむしばまれていた。
夕食の時間も近くなったのでのそのそとベッドから起き上がり、ポーチの中の精神科の薬を取り出して一粒飲む。
近頃は若い女性が精神科に通うことも珍しくなくなったので、奇異の目で見られることも少なくなった。
「どうして、こうなっちゃうんだろう」
手縫いのポーチを見ながらの梅小路の声はたった一人の空間に溶けた。
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