第26話 陽キャが陰キャを嫌う理由
新谷が家に帰ると、古びた畳の匂いと最小限の家具、それに整然と積まれたエロゲが出迎えた。食費を抑えるための簡単な自炊で夕飯を済ませると、さっそくパソコンの電源をつけてエロゲを起動する。
病める時も、健やかなるときも。家に帰ったらエロゲをする。
今日は「車輪の国、朝顔の少女」。というエロゲだ。一般人が思い描くエロゲのイメージとはかなり違う重厚なストーリー。なにしろ開始五分と経たないうちにヒロインが銃殺されるのだ。
叙述トリックを多用した先の読めない展開に加え、ラストのどんでん返しとバッドエンドの後味の悪さが特筆もの。
『謝るな。指導者は謝るな。誰かに責任を押し付けられない立場の人間の謝罪が許される社会は堕落の一途をどる』
『世の中なんて、自分の見方ひとつで地獄にも天国にもなるものよ』
純文学もかくやと思われる繊細な心中描写を堪能しながら無心にマウスをクリックする。
ひとしきり作品世界に没入した後で、富田に言い寄られたときの丹波口の怯えた顔、翡翠庵で向かい合っている時に見せた彼女の涙が新谷の心をさいなむ。
こんなことをやっている場合なのか。そう思えてくる。
だが解決策とは、一度問題から距離を取って客観的に把握した時に浮かぶものだ。
『』
これ、使えるな。そう確信した新谷は、翔太に連絡を取った。
「富田君、ここはこうするといいよ」
「へへ、フォローあざーす。指導超優しいっすね、先輩」
粗暴ながらも一定の礼儀正しさを踏まえつつ、コーヒーショップの制服に身を包んだ富田は礼を言った。
ただそれだけで、礼を言われた女子は目にハートを浮かべている。
はた目には爽やかな笑顔を浮かべている富田だが、内心は。
(落ちたかな? そろそろホテルに誘えばヤらせてくれる感じだが)
富田が丹波口にアプローチしているのは、バイト先では周知の事実になっている。それでも、富田に口説かれたがっている女子は多かった。
女子は一途な男子を弱者とみなし、優しく誠実な男子を「あなたのそれは優しさではなく弱さ」と袖にし、多くの女子と仲良くする男子に惹かれる傾向がある。
普段ならデートの段取りとホテルの物色を妄想する富田だが、彼の脳裏に浮かぶのは別のことだった。
「ど、どうしたの富田君? 怖いよ?」
今日はバイト開始からずっと、富田の雰囲気が急変することがある。周囲の女子がひいてもおかまいなしだった。
後ですぐに優しくされるので、大体の女子はイチコロだったが。
(誰なんだよ、れんパイセン誘うの邪魔したヤツは)
バイトをしても同棲している女からのSNSを休憩中に見ても、新谷の姿がちらついて離れなかった。
丹波口へのアプローチを邪魔されたこともムカついていた。
確かに嫌がっていたし、今の時点では気がないのだろう。だがそれでも何度も誘っていればいずれ落ちる。
今まで富田が狙って落とせない女などいなかった。
数えきれないほどの女と付き合ってきたが、丹波口のようなタイプは食ったことがない。
一見遊んでいそうで男と付き合ったことがないことを、富田は捕食者の勘で見抜いていたのだ。
(それをよ、あんなネクラな陰キャ野郎が邪魔しやがって)
だが邪魔されたこと以上に、富田は新谷のようないかにも勉強しているというタイプが大嫌いだった。
真面目に勉強していい大学に入っていい職業に就こうとする、そういう人間に吐き気がした。
(親や教師に言われたことしかできねえくせに、テストの点数見せびらかして、勉強してねえヤツを見下す。あの人を小馬鹿にした目がムカついて仕方ねえ)
そういった人間はボコるか脅すかで今までは終わりだった。
(しかし、この俺が気圧された)
富田は格闘技を習ったわけではない。だが恵まれた体格と生まれつきの度胸のお蔭で喧嘩ではほぼ負けなしだった。
自分より背の高い相手でも年上でも、格闘技を習った相手でもことごとく返り討ちにしてきた。
女を取られて激昂した相手がボコボコにされて許しを乞う様は、何度思い出しても気持ちがいい。
(なのに、あいつと目が合った瞬間にやベエって感じがした…… 俺と歳もほとんど変わらねえはずなのに、なにもんだあいつ)
そんなことを考えながら、富田はその日のバイトを終えた。
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