第27話 陰キャがファッションを嫌う理由
丹波口から話を聞いて数日後。準備を終えた新谷は再び丹波口のバイト先に訪れた。
今日のシフトを終えた富田が店から出てきたのを見計らい、新谷は声をかける。
「あの~」
「なんだお前?」
自分より頭一つは背が高い富田にすごまれると、やはり怖い。だが男同士のコミュニケーションはビビったらその瞬間に負けなのだ。
これまで歩んできた地獄に比べればこれからのことなどどうでもない。そう自分に言い聞かせながら下腹に力を入れ、必死に富田に視線を向ける。
あらためて見ると、富田はモテそうだ。彫りの深い顔立ちに野性味が加わり、ファッション雑誌から抜け出たようなあか抜けた服に身を包んでいる。
白のシャツにジャケット、ベージュのチノパンというカジュアルなビジネスマン風の新谷とはお洒落偏差値が比較にならない。
だが新谷には富田のファッションが心底不愉快だった。見ているだけで目が穢れそうな気さえする。
新谷のような陰キャにとって、メ○ズノ〇ノのようなファッション雑誌片手に流行を追いかけて自身にあった服を探すというのは、彼の忌む陽キャの仲間入りを果たすかのようで吐き気がするものだ。
ラノベで時折みられる流行りの服装をマネキン買いするなど、世間と陽キャに洗脳され、精神的に敗北するのと何ら変わりがない。
ファッションに無関心でなく忌み嫌う人種、それが陰キャでありオタクである。
「丹波口さんの知り合いです。この前お会いしたと思うのですが」
「知り合いだ?」
「単刀直入に言います。彼女にちょっかい出すのを、やめてもらえませんか」
そう言われて富田の額に青筋が立つ。
「ちょっかいなんか出してねえよ。ちょくちょく、どっか行こうぜって言ってるだけだ。遊びの誘いが駄目なんてことはねえだろ? バイト先の他の子にも聞いてみろよ」
新谷はガラスがはられた壁越しにこちらを見ている女性スタッフを見るが、店先で言い争っているというのに誰も富田をとがめようとしていない。
それどころかカウンターに入っている丹波口を見て、意地悪そうな笑みを浮かべているだけだった。
ムカつく女が痴情のもつれにでも巻き込まれて楽しんでいるようにしか見えない。
一方、丹波口に視線を向けると顔色が青くなっていた。新谷の干渉が上手くいかなかったと思い、富田からの復讐を想像しているのか。
それを見て新谷は事態が想像以上に悪いと悟る。
挑発して、乱暴な口調で自分を攻め立ててもらって、それを他のスタッフに見せて彼を孤立させようというのが第一の作戦だった。
女を何人も食い物にしているようだし、丹波口を口説くのが面倒になれば別の女に切り替えるだろう。
そう考えたのだが、意外と丹波口への執着は強いし簡単にキレることもない。
(いやだけど、仕方ないか)
リスクはあるが、もう一つの作戦に切り替えることにした。
さっきの言葉に言い返せなかった振りをし、時間を置いてから再び口を開く。
「む、無理に誘うのはやめたほうがいいと思います。は、恥ずかしくないんですか」
あえてうって変わって弱弱しい声を作り、怯えたように視線をそらした。
(とうとうビビりやがったか? ガリ勉なんぞチョロいもんだ)
その瞬間、富木は新谷をオスとして下だと認識する。男子のカーストは憶病な態度をどれだけ取らないかで決まる。
わずかなやり取りで自分に対しビビったところを見せた新谷を自分より弱い、臆病
だ、いたぶっていい、そう判断する。
ガラス張りの壁越しに新谷を見つめる丹波口の視線は不安そうに揺れていた。だが目線でさえも大丈夫、とサインを送らない。富田にバレれば一貫の終わりなのだ。
新谷はしりすぼみに声を小さくし、地面に視線を落としながらさらに言葉をつなげていく。
「いやがってる人を、無理に誘うのは、よくないと……」
「こっち来い」
言葉を遮られると同時に富田に腕をつかまれ、引きずられるように連行されていった。
丹波口がついてこないか心配だったが、幸いバイトのシフト中に出てくるようなことはないらしい。
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