第46話 響の過去
※妹、響の口調を博多弁に変更しています。
20、42話もそれにともない一部改編してあります。
新谷は脳内で梅小路からのメッセージを数百回は脳内再生しながら玄関を開けた。
家の周りには木が多いので、虫が入らないように気を使う。
「おかえり、健司」
台所からスリッパを鳴らしながらやってきた母親が出迎えてくれた。前の時間軸よりさらに若い。
新谷の家族は父親に専業主婦の母親、それに妹の響の四人家族。自分が高校生ということは、妹の響は中学生になっているはず。
母親の表情が沈んでいるのを見て、新谷は何が起こったのか察しが付いた。
自室に戻る間も惜しく、響の部屋の扉を開ける。
ノックなどしない。どうせ必要ない。
まぶしくないようにカーテンを閉め切った部屋は、五時を過ぎてもまだ明るい外の光が淡く差し込んでいた。
春とはいえ新谷の実家のある地方は日本の西側に位置し日が沈むのが遅い。
「ただいま、響」
ベッドにあおむけに横たわった響の口からは、ヒューヒューと特徴的な吐息がもれていた。
明らかに発作だ。
響は呼吸器が弱くとくに季節の変わり目にはこうして発作を起こして寝込んでいた。
目を開かない妹の手をそっと取る。医者でも看護師でも治癒能力者でもない新谷には、妹にできることなどこれくらいしかなかった。
パジャマの袖からのぞく折れそうに細い腕、白を通り越して青白い肌、
そんな妹の姿を見て新谷の胸は刺すように痛む。自分が浮かれていた間、妹はこんなにも辛い思いをしていた。
布団の上からのぞいていたボブカットの頭をゆっくりと撫でる。彼女が里子として迎えられた時から、倒れた時はよくこうしていた。
初めの時間軸では彼女が高校に上がってからやらなくなったが。
昔の響を思い出していると、やがて細めの瞳がゆっくりと開かれていく。
「おかえり、お兄ちゃん…… 『ちゃんと』戻ってきてくれた」
やっと目を開いた妹に、新谷は安堵の息をつく。
「ただいま…… 体は大丈夫?」
「うん。いつもの発作やけん、しばらく安静にしとけば戻ると思う。それよりお母さんやお兄ちゃんに心配かけとうのが、辛いとよ」
響はそう言いながら布団をはだけ、パジャマのボタンをゆっくりと外していく。
二つ目のボタンでアバラの浮いた胸元が露わになり、三つ目で薄く色づいたつぼみが外気にさらされた。
「お兄ちゃん、来て」
新谷は慣れた手つきでパジャマの袖から妹の手を抜く。
青白い肌が、まずは上半身だけすべて新谷の下にさらされた。
そのままあらかじめ用意しておいたお湯を張った洗面器とタオルで、響の身体をゆっくりと拭いていく。手首、首筋、二の腕からわずかに膨らんだだけの胸の谷間から脇の下まで。
響は発作で体力を消費すると風呂やシャワーはおろか着替えることすら難しい。
母親ではだいぶ大きくなった響の身体を支えられないため、自然と響の世話は新谷の仕事になった。
里子に出される前の家庭では実母から虐待を受けていたためか、同年代の新谷の母親をなかなか信用しなかったこともある。
泣く、喚く、叫ぶ、暴れる、殴る、モノを投げて家具を破壊する。そうした実母とひとつ屋根の下で過ごすことは小学生女子にとってどれだけの恐怖なのか。
近所からの通報が数回に及ぶに至って響は児童相談所に保護され、親から隔離するために「適応障害」と診断を受けた精神科病棟に一時的に入院していた。
その後縁あって新谷の父親の里子になる。
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