第21話 戻ってきてくれて、ありがとう

翌日、タイムリープを果たしてからずっと気になっていた場所へ行くことにした。


 新谷の実家最寄りの駅から電車に四十分ほど揺られる。新谷の住む県の中心部を通り過ぎると、あっという間にビル群は姿を消した。代わりに古びた家々と畑が点在する景色を横目で見ながら目的地の駅で降り、さらに十五分ほど歩く。


 閑静な街並みの奥、ひっそりとたたずんでいるかのようにそれはあった。


「十年後と、変わらないんだな」


 大野城病院。前の時間軸で新谷が勤めることになった精神科の病院である。


 白を基調とした外観に、広大な敷地には患者のリハビリ用の畑や運動場が広がっている。


土まみれになって患者と共に大根やイモを収穫し、汗だくになるまで走り回った記憶はまだ新しい。


 入院患者からデイケアで通所している外来の患者まで、新谷の担当患者は幅広く、外来患者の一人が梅小路だった。初めて出会った時は幽鬼のようだった彼女が話せるようになるまで三か月、人並みの運動ができるようになるまで六か月。社会復帰一歩手前まで行くのに一年かかった。


「ここに来るとタイムリープの手掛かりがあるかと思ったけど…… 何も起きないな」


 タイムリープものではなぜタイムリープしたかも明かされず話が進むものも多い。だが原理がわからない以上、いつ戻されるのか、そもそも戻れるのかわからない。


今回のa子のいじめの件ではかなり歴史を変えてしまったはずだ。


c子たちに本来とは別の恋人ができてしまったし、そもそも基礎ゼミ内であんないじめが起きること自体、前の時間軸ではなかった。


自分がタイムリープしたことがバタフライエフェクトとなり、色々と歴史が変わっているのかもしれない。


だがタイムパラドックスで宇宙が破滅することも、この時間軸にとって遺物である新谷自身が消えてしまうことも、強制的に未来に連れ戻されることもない。


行動を変えたことで並行世界に入り込み、もう自分は未来に戻れなくなったのかもしれない。


 だが梅小路たちの表情を思い返すと、不思議と後悔はなかった。



 大野城病院を辞した後、新谷は旅行用の大きなザックを背に再び電車に揺られた。


 新幹線を降り、普通列車に乗り換えて碁盤状に道が張り巡らされた町を北へと進む。車窓から見えるビル群は、電車が進むたびに古都の面影を残す風景へと変わっていった。


 アパートと座命館大学最寄りの駅で電車を降り、そのまま十分ほど歩く。


 観光客とすれ違いながら鳥居そばの石灯籠を眺めつつ、やがて歴史と風格を感じさせる観音開きの巨大な門をくぐる。


落ち葉一つなく掃き清められた参道を通って、境内の鈴を鳴らした。


 音色が鎮守の林に吸い込まれた後、新谷は二拝して柏手を打つ。


 新谷が来たのは座命館大学すぐ近くの神社、南野天満宮。学問の神を祀っているこの神社には、大学受験の前にも就職活動中にもよく通ったものだ。


 まあ、就職活動に効果はなかったが。


「何も起こらないな……」


 新谷は目をつむったまま小声でつぶやくが、頭の中に声が響くこともなければ突然現れた美少女がナビゲートすることもなかった。 


転移した場所でも、転移先の大学でも実家でさえも、タイムリープの原因にかかわるなにかは起こらなかった。


後はこういった神仏にかかわりのある場所に何かあるのが定番だが、それもない。 


となると、こういうのは身近な人間が引き起こしたと考えるのが妥当だ。


前の時間軸でいなかった梅小路が基礎ゼミにいた。そう考えると一番可能性があるのは彼女だが……


進んで接点を持とうとしてこないのが引っかかる。彼女が話しかけてくるときはだいたい丹波口とセットだ。


出会った時に涙を流したが、このころから発症のきっかけはあったと考えれば突発的に感情失禁を起こしたとも考えられる。精神科では突如怒り出したり泣き出したりする患者はいくらでもいた。


後は、丹波口か。以前の時間軸よりなれなれしいし連絡先を交換してきたのも気にかかる。


今の大学生活では問題ないようだが、この先の未来で何らかの破滅があり、それを回避するために彼女が起こしたという可能性もある。 


「ひょっとして翔太か?」


タイムリープして一番最初に出会った相手だし、可能性はある。


実家で何冊か読み返したタイムリープの本に、未来人が作り出した薬品で過去に戻るというものがあった。


翔太は理系の学部だし、僕よりずっと化学に詳しい。在学中は何か凄い発見をしたかといううわさは聞かなかったが、卒業後はずっと音信不通だったしその期間に何かを発明した可能性はある。


 後は……


『お兄ちゃん…… 戻ってきてくれて、ありがとう』

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