第22話 関西弁女はバイトする。
「いらっしゃいませ! 注文お決まりでしょうか」
黄色を基調としたデザインのチェーンのコーヒー店に、丹波口の明るい声が響く。
大学に入ったら一度はやってみたいと思ったカフェでのバイトを、入学してさっそく始めていた。
本当はおしゃれだから緑を基調としたデザインの、クリームの乗ったコーヒーが売りの店で働いてみたかったが競争率の高さゆえか面接で落ちた。
それでも憧れのバイトだということもあり、丹波口は充実した時間を過ごしていた。
高校時代にコンビニの店員はやったが、それよりも楽だと常々思える。
この店では十数種類のメニューを覚え、間違いないようにレジ打ちして商品を渡し、空いたテーブルを綺麗にする。基本的な業務はそれだけだ。
コンビニより質の高い接客と愛想の良さを要求されるが、笑顔が得意な陽キャである丹波口にとっては苦ではなかった。
コンビニはとにかくやることが多い。売る品数も比較にならないし、タバコの銘柄と対応する番号を暗記して客に言われたら即座に出せないと容赦なく冷たい視線が飛んでくる。
商品を売るだけでなく、料金の振り込みやチケットの受け渡し、揚げ物のフライヤー洗いなども店員の仕事だ。
それだけならまだいいが、耐えがたかったのは小数点付きの数字が書いてある小さな箱を売る時だ。極薄などというキャッチコピーが銘打ってある、ドラッグストアでは衛生用品に置いてある、大人のカップル御用達のアレだ。
「セクハラやろ……」
そう店長や他の女子のバイト仲間にもらしたことがあったが、
「ゴムくらいいいじゃん」
「ゴム買うときの態度で、童貞あてっこゲームとか面白いし」
「使ったことくらいあるやろ?」
真剣に悩みを聞いてくれないどころか、装着方法を口を使って実演するなど男性の店長とは比べ物にならないセクハラをしてくるくらいだった。
それもあって大学ではコーヒー店のバイトを選択したのだ。
「休憩入りまーす」
先輩や同僚に声をかけてバックヤードに引っ込んだ丹波口は、制服のキャップを外してどっかとパイプ椅子に座り込む。
部屋を囲むようにズラリと並んだスチール製のロッカーの中央部に置かれた合板の机には、他数名の女子たちが昼食を取りながらだべっていた。
学生生活の合間にやりたかったバイトに精を出し、休憩時間には友達とトークに花を咲かせる。
絵に描いたような青春だ。
丹波口はこれまでの人生、充実していたと思う。
親は愛情がある方だったと思うし、友人にも恵まれ、C判定だった座命館大学にも現役合格した。怖く感じて、付き合うには至らなかったが男子の友達も多かった。
「でもやっぱり、物足りんよ」
ペットボトルのお茶を一口飲んだ後のつぶやきが、虚空に溶ける。
目の前で繰り広げられる同僚の恋バナが、遠いところのように聞こえた。
目を閉じると思い浮かぶのは、大学に入ってはじめて「あり」と思えた男子。おそらくすでに相手がいるであろう男子。
大学生になってからも何度か告白されたけど、そのたびに断っている。
たびたび脳裏にちらつく新谷と比べると、自分に言い寄ってくる男たちが子供にしか見えなかった。
ヤれればいい的な、性欲の掃きだめにされそうな感じがどうしてもぬぐえない。
やがて休憩の時間が終わり、鏡の前で笑顔を作って気持ちを切り替える。
せっかくの憧れのバイトなのだ、笑顔笑顔。
「おいーっす」
だが午後からのシフトに入っている彼の姿を見たとたん、笑顔を維持できなくなった。
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