第49話 障害認定されると気が楽になる

梅小路の通う高校は一ッ葉学園という中高一貫のミッションスクール。


県外にも多くの姉妹校を持つ名門校で、成績優秀者や内申優れた者には東京のトップクラス私大への推薦がある。


教室へ入ると、梅小路に視線が一斉に注がれたがそれも一瞬のこと。クラスメイトはみな、すぐに女子同士のおしゃべりや予習復習に戻った。


今や梅小路は空気のような存在でしかない。


入学してからはすぐれた容姿に人好きのする態度でたちまち人気者になったが、うつを発症してから変わった。


だんだんと喋らなくなり、成績も低下し、心配したクラスメイトも梅小路が話さないと知ると徐々に離れていった。


あれだけファッションにも流行にもしゃべり方にも気を使って作り上げたクラスでの立ち位置を一か月も立たないうちに失う。


梅小路はいじめを覚悟したが、さすがは良家のお嬢様が多く在籍する一ッ葉学園。

厳しい受験戦争や毒親で精神を病み、学校を辞める生徒は中等部のころから誰もが見てきたためか。


梅小路は周囲に気を使われたのち孤立するだけで終わった。初めは寂しいと思っていたが、それでいいと思う。


だが何事にも例外はあった。


「おっはー、プラムー」


 周囲の空気も何のその、梅小路の机に「よおいしょ」と言いながら腰掛けてくる小柄な少女。


 高一なのに小学校低学年と変わらぬ体形。身長は百三十を越えず、体重もそれに似つかわしい。第二次性徴は…… 始まっているか否か、不明。


「昨日の晩御飯、何食べたー? 朝は? パン? ごはん? ごはんには納豆かけた? 納豆はタレ入れる前にかき混ぜろって言われるけど、べつにそのまま食べてもおいしいよねー」


 梅小路が黙っていても、一方的に話しかけてくる。いい意味でも悪い意味でも、空気を読まない子だった。


他人が気を使っていても、以前と変わらない態度で梅小路に話しかけてくる。

それがうっとうしくも有難かった。


コミュニケーションをとるのにあれこれと考えなくて済む。


「どしたん? プラムー」


 梅小路の梅をとって、プラムと呼んでいる。


 こんなノリで基本成績は悪く体育も美術もだめだが、唯一英語だけは学年トップだった。中学三年で英検の準一級を取った時は学園中が騒然としたものだ。


「なんか変わったことあったー? ああ、ひょっとして……」


「オトコ?」


 梅小路は体が跳ね上がるのを必死に抑えなければならなかった。


 鋭い。


 基本空気を読めないのに、なぜ本質をつくような言葉が出てくるのだろう。


「うるさいです…… 私うつ病だって、病気なんです、近寄らないでください」


「にゃはは、なんでー?」


「精神病なんですよ…… 千早さん、私が気持ち悪くないんですか?」


「医者に病名付けられただけで、プラムなーんにも変わってないじゃん」


 からからと笑いながら千早は机から飛び降り、あごを乗せて梅小路を見上げた。


「それに精神病なんて、時と場所でころころ変わるし。この前授業でやったじゃん」


 現代文の授業で太宰治が出てきたとき、先生が雑談として説明してくれた。


 今では気が狂ったと言われる人も、昔は神のお告げを聞く巫女として重宝される時代もあった。


 同性愛者は病気とされ、投獄されていたこともある。


 心の病気は、境目が非常にあいまいなものだ、と現代文の先生は梅小路に視線を向けてほほ笑んでいた。


「それは、そうですけど。やっぱり病気と言われるのは気分が……」


 梅小路はそこで口ごもる。


 病気と告げられた時、不快ばかりではなかったから。


 それを見透かしてかはたまたただの天然か、千早は底抜けに明るい声で笑う。


「あはは、わかるー。自分が病気だって言われたとき、なんというか。気持ちがすっと楽になったんだよね」


「なにを、わかったようなことを……」


「わかるよー。わたいだって英語以外はどんなに頑張ってもほとんどダメだし。英語がない中学受験でこの学校に入れたのが奇跡みたいなもん。勉強しろってさんざん言われて、がんばっても英語以外どうしようもなくて」


「ギフテッドやら発達障害だって言われたときは、なんだかほっとしたの、今でもはっきり覚えてる」

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