第2話 タイムリープして学食で飯を食う

「次の授業は?」

「マジでだるいな、サボるか?」

「サークルの部室でだべろうぜ」


新谷が目を覚ますとそこは見覚えのある景色だった。


 自分の体を確認すると、あごを触ってもひげがじょりじょりしないし、手がすこしだけ華奢になってしわが少ない。


 服装がユニフォームからいつの間にか、よれよれのワイシャツに裾のほつれたチノパンに変わっている。


 背負っていたザックの中に手を伸ばすが、その中には科長になって買い換えたものでなく、二世代前のスマホが入っていた。


「夢か?」


 新谷は自分の声が耳慣れたものとは若干違うことに気づく。


 あたりを見回すとデザインの違う複数の校舎に芝生の広場。見覚えがある景色なのに、なかなか思い出せない。


「ケンジ、大丈夫か?」


「ショウタ?」


 自分に話しかけてきた人物の名前はすぐに思い出せた。社会に出てからは疎遠となってしまった友人、加茂翔太だ。


 くせっ毛の茶髪に春にはいつも着ていた黄色のパーカーが記憶に新しい。


 右目の下のほくろも、会うと必ず左手を高く掲げるところも、小さいころの怪我で少し曲がった薬指も、あの頃と何一つ変わっていなかった。


「いきなり話さなくなって、きょろきょろし始めたからよ。倒れんじゃないかって心配したぜ」


「いや、大丈夫。それより仕事終わらせて、家に帰らないと」


「はあ? 仕事って……俺ら学生だろ。バイト中でもねえし」


 夢にしては会話が流暢すぎる。靴越しの足の感触も、頬を撫でる風も、友人の声と顔も明瞭すぎた。


「変なこと聞くけど、今って何年の何月何日だっけ?」


「はあ? 二千十五年、四月十日だろ」


 そう言われ、新谷の意識が一気に覚醒する。同時に自分の今いる場所がどこなのかも思い出せた。


 十年前まで通っていた大学のキャンパス。


 取り出したスマホにパスワードを入力して起動すると、表示されたのは十年前の日付。


「おい、大丈夫か?」


 新谷は世界が傾くのを感じ、同時に地面が顔に迫ってくるのがはっきりとわかった。



「おい、飯なんて食ってて大丈夫か?」

「大丈夫。落ち着いたし…… 起立性低血圧や脳貧血みたいな器質的な疾患じゃなさそうだし、こういう時はまずメンタルを安定させた方がいい」


「なんかいきなり専門家みたいなこと言い出したな…… まあいいか、食おうぜ」

 新谷は行儀良く手を合わせてから食事に箸をつける。


 この美味しくもまずくもないメニューだが、空腹が満たされるとともに気持ちも落ち着いてきた。


「というかお前が一緒にメシ食おうって珍しいな。高校時代は『そんな暇があったら勉強しないと』って、教科書片手に飯食ってたじゃん」


 ここは大学の学食。一グラムいくらのバイキング形式でおかずが自由に選べるメニューがある。できるだけ人気がないが安くて腹が膨れて栄養があるおかずを選び、大盛りの雑穀米とともにお盆に乗せて席に着く。


 新谷が通っていた、いや今通っているのは座命館大学。かつて日本の都があった地に置かれた、関西有数の偏差値を誇る大学だ。


 全国区な大学だけあって地方から学生が集まるマンモス校で、学食は複数あるにもかかわらずいつもごった返している。


「まあね…… たまには学食もいいかなと思って。ああ、学食じゃなく『カフェテリア』っていうんだっけか」


「そういう頑固なところ、変わんねえなあ」


 翔太は目の前に置かれた大盛りのカツ丼定食をガツガツと平らげていく。


 高校で野球部に所属していた彼の大食いは、大学でも変わることはない。


「ところで……」


 まずは無難に天気や高校時代の思い出話からはじめ、今話題になっている社会の出来事やニュースを聞き出す。そうやって、今が何年かの情報を整理していく。


 人との会話で情報を聞き出すのは、リハビリ職にとって必須のスキルだ。

「ごちそうさま」


「じゃあな、また飯食おうぜ」

 そう言って、学部の違う翔太は新谷とは別の棟へ姿を消していく。


 彼からの会話、スマホで得られる情報、さらにカフェテリア内での会話に耳を傾けて。


総合的に判断した結果。


やはりここは二千十五年で間違いないらしい。


誰かがドッキリでこんな場所を用意したことも考えたが、ここまでして騙すメリットなど誰にもないだろう。


 だが、戻る方法に皆目見当がつかない。


「とりあえず時間を置いてみるか…… 自然に戻れることもあるかもしれないし」


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