第32話 うつ病の症状2 罪業妄想
新谷は丹波口にあてつけるために梅小路と出かけたわけではない。
富田との事件以降、また彼女の様子がおかしくなったのだ。
大学で新谷のケガを見るや、梅小路は教室内の机を跳ね飛ばすような勢いで駆け寄り何があったのかを大声で問い詰めた。
落ち着くようになだめながら、適当にごまかそうとしたが梅小路がそれで納得するはずもなく。丹波口本人の名は伏せたものの友人を助けるための過程で傷を負ったことを打ち明ける。
梅小路はその場で過呼吸を起こし、保健室へと運ばれた。
それからはクラスメイトに話しかけられてもろくに返事をしなくなり、髪は乱れ衣服にしわが目立つようになった。
うつ病の症状には意欲低下というものがある。何かをしようとする気力がなくなり、言葉を発せず、ほとんど動かず、ついには食事さえしなくなっていく。
倒れた彼女を気遣う友人の姿はあった。c子の件でいったんはぎくしゃくしたものの、はたから見れば友人と呼べるだろう。
だが彼らといることで梅小路のストレスが解消されている感じはなかった。
優しく話しかけられても、ハッパをかけられても。一緒に甘いものを食べに行っても。
感情の抜け落ちたような表情に光が戻ることはなかった。
これも感情鈍麻といってうつ病の症状の一種で重度になると肉親が死んでも涙さえ流さなくなる。
新谷の脳裏に、出会ったばかりの梅小路の姿がフラッシュバックする。何時間もベッドに座ったままで病院の壁を見つめ、看護師が話しかけても反応がない。
新谷が斜め前に座って彼女の趣味だと聞いた編み物やゲームを持参しても、一瞥だにくれない。
そんな生きるしかばねのような彼女の様子が、ありありとよみがえって
。
新谷は行動を開始した。
まずは彼女と一緒にいる時間を増やした。といっても会話を楽しむわけでも、デートに誘うわけでもない。大学の食堂でさりげなく隣に座り、彼女と同じ時間をすごすだけだ。
一時間近く喋らずにただ座っていることもあった。だが精神科の仕事に慣れている新谷には不快でもなんでもない。
精神科では重症の患者には他愛もない話をするか、無言でもいいから散歩に誘うかだ。
これは彼女が好きだからという理由でやっているわけではなかった。
彼女がタイムリープにかかわっている可能性が否定しきれない以上、梅小路のメンタルの不調もタイムリープに影響を及ぼす可能性がある。
それに新谷は医療従事者だ。ここは病院ではないとはいえ、患者の危機を見過ごすわけにはいかない。
ただそれだけのことだ。
別に梅小路が自分を見つめる視線がキラキラしているように見えても、さりげないボディタッチが増えたとしても。視線が合うと言いようのない胸の疼きを感じたとしても、それは医療従事者と患者だから。
過ごす時間が多いから発生する、一時的な気の迷い。
専門用語でいえば転移と逆転移。
別に彼女のことが好きになったわけではないし、彼女が自分のことを好きになったわけでもない。
同じ時間を過ごすことが当たり前になってくると、ぽつり、ぽつりと彼女が言葉を漏らす場面が出てくる。
それを新谷はただ熱心に聞く。口をはさむことは決してしない。
会話が増えてくると、気にかかることがでてきた。タイムリープしてから今まで、見られなかった梅小路の未来での症状が再び出現してきていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「私のせいです……」
梅小路がうわごとのようにそう漏らす。富田の件に彼女がかかわっていないのに、この言葉は不自然だ。
だが新谷は梅小路の未来の様子から「罪業妄想」だと予想がついた。
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