第6話 月明かりの道で

暫くすると、古馬家の使用人が美沙姉を連れてきた。


「美沙を連れて参りました」


使用人が『美沙』と呼び捨てにしている事で、如何に古馬家が美沙姉を酷い扱いをしているかが解る。


形上は権蔵の妻だが、実質は使用人以下の扱いに違いない。


「あの……旦那様、これは一体どう言う事なのでしょうか? 」


「ああっ、美沙お前とは離婚する事になった。たった今から、お前は今泉和也の物だ! 荷物を纏めなさい」


「旦那様、それはどういう事でしょうか? 私が一体……」


「ふん、もうお前は私の妻でも何でもない。 どうしてこうなったかはそこに居る今泉に聞け」


「旦那様……」


「くどいぞ! お前に話す事は何もないわ! 今泉、これで良かろう! 釣り合わない分は金で払う! これで構わないな!」


「構いません」


「そうか、正一いつまで惚けておるんだ! 許してくれるそうだ! 頭を下げい」


「和也、すまなかった。この通りだ」


和也が土下座をしている。


「ああっ、友達だろう……もう良いよ」


「ありがとうな……」


「それで、和也くん、芽瑠の事は許してくれるんだよな」


「ねぇ、良いわよね」


「構いませんよ……普通の相場の慰謝料で良いです。それでメロンの販売はどうします? そちらの事業の方をどうするかは海人さんに任せます」


「ありがとう……」


「ありがとうございます」


「ゴメンなさい……本当にゴメンなさい」


芽瑠もこちらに来て頭を下げている。


「芽瑠ももう良いから」


俺は確かに不貞はしていない。


だが、心の中に美沙姉が居た。


心という意味なら俺が先に、芽瑠を裏切っていたのかもしれない。


謝罪なんて本当は必要ない。


だが……どちらが悪いかだけは決めないといけない。


「あの、それじゃ正一くんとの結婚も良いのよね」


「もう話は終わりましたから、別に構いませんが、さっき言いましたが、正一の相手は芽瑠だけじゃないですよ? 南条真理愛さんに北条恵子さんとも関係があるみたいです。まぁそこは俺には関係ない話なので皆さんでお話くださいね」


「なっ、それは本当なのか! 正一君、婚約前の芽瑠を傷物にした上に他の女にまで……あんたって人はどう責任をとるつもりだ」


「どうするのよ……」


「正一、お前、そこになおれ!」


「権蔵さん、東条さん、それと重鎮の皆さん……俺の方の話はもう終わりました。後は関係のない話なので、これで俺達は席を外させて頂きます……良いですよね? 美沙姉、経緯は後で話すから行こうか」


「うん」


美沙姉の荷物は鞄二つで終わりだった。


本当に酷い扱いだったんだな。


煩く怒声が飛ぶ中、村の重鎮の一人長谷川さんがもう帰って良いという感じに手を振ってくれたのでお言葉に甘えてその場を去った。


◆◆◆


帰り道、道すがら美沙姉と歩いている。


月明かりで見る美沙姉は綺麗だったが、よく見ると窶れていた。


この時期にあわない長袖のシャツを着ているが、見えにくい場所に痣があった。


「美沙姉……」


「和也くん、一体なにがあったの? いきなりの事で私解らないんだけど? 旦那様と揉めたの?」


「だけど、もう全て終わったから、もう大丈夫だから」


「何があったか教えてくれる!」


俺は今迄の経緯を美沙姉に話した。


「そんな事があったんだ! だけど、本当にこれで良かったの? 芽瑠ちゃんは私と違って若くて可愛い子じゃない? 芽瑠ちゃんを許せなくても他に可愛い子いるじゃない」


「俺は美沙姉が良い」


「だけど、私は5つも年上だし、他の男に散々抱かれた汚い女だよ。本当によいの?」


「確かに最初に出会った時は俺は12歳で美沙姉が17歳。まるで子供と大人に思えたけど、今じゃ23歳と28歳だから、そんなに差を感じないと思うけど?」


「そうかな? だけど、この村じゃ『女房とわらじは新しい方が良い』なんて教訓があるじゃない? 男が年上の夫婦ばかりだよ。稀に姉さん女房の夫婦が居てもせいぜいが1~2歳、五つも年上の女房を持つ家なんてないわ」


「それは俺には関係ないよ。好きだった人が偶々年上だっただけだから」


「本当に和也くんはブレないね。どれだけ私が好きなのよ……」


「俺、子供の頃から美沙姉が好きで、しっかりプロポーズしたじゃない? 指輪じゃなくブローチだけどあれお小遣い3か月分だし、ちゃんと『大きくなったら美沙姉と結婚したいな』って気持ちを伝えたよ」


あの時は子供だった。


だけど、美沙姉の事はあの時から真剣に好きだった。


「あの時からかぁ~確かあの時って和也くん12歳じゃない?」


「そうだけど……子供なりに真剣だったんだ」


「そうだよね。真剣さに私も『和也くんが大きくなったらね』って返したのよね」


「うん」


美沙姉はポケットに手を突っ込んだ。


「あの時のブローチは今でも持っているわ。私の宝物なんだ」


「美沙姉……持っていてくれたんだ」


「うん……だって、私にプレゼントをくれた人なんて両親以外じゃ和也くんだけだからね」


「そう……あの、美沙姉、手を繋いで良いかな?」


「和也くん、手を繋ぐの……久しぶりだね。はい」


手を差し出した美沙姉の手を俺はしっかりと握った。


ただ歩くだけ……それでも美沙姉と一緒なら楽しい。






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