第59話 権蔵SIDE 豪農の古馬


「遺産分割をしなおせだと! どう言う意味だ。権次郎、権三郎」


急に弟二人が我が家に来るという連絡があった。


てっきり酒でも飲んで近況でも話すのかと思っていたら、これだ。


「『古馬の家は豪農だ』だから割る事はできねーから長男の総どり、そう決まっているが、なんだおめーは」


「兄貴、お前は本当に碌でもねーな」


「権次郎、権三郎、なにが言いたいんだ? 儂は古馬本家の長として今迄、しっかりやってきた」


「だが、息子はどうだ。 農学部でも畜産でもねぇ学部に進学したそうじゃねーか……経済学部だな。儂の息子は農業高校を出てしっかり家業の農業をしているのに……なんだ、正一は大学卒業後もプラプラとして女遊びして村の恥じさらしじゃねーか」


「うちだってそうだ、大学は行かせたが、しっかり農学部に行ってから農協で働いて今はうちの畑を耕して生活しているだよ」


くっ……


「正一だってこれからは儂が……」


「『古馬の家系は豪農』それを割らない為に儂らは財産を諦めただ。 だが、農業をしっかりしないなら意味はない。儂らはしっかりと跡取りと一緒に農業をしている。悪いが全部こっちに寄越せ」


「んだな……そこ迄言う気はないが、現状ならせめて三分割が当たり前だ。言いたくないが兄貴の所が一番、しっかりしてねーぞ! 農業舐めてんのか? あん!」


「儂だってしっかりやっておる」


「兄貴の手は農家の手じゃねー。 小作人雇って自分は指示ばかりしているだけだ、儂や権三郎の手みてみぃ……何時も土だらけでゴツゴツしているだろう?」


「んだな、兄貴は農家の手をしてねー」


「だが、儂は農家は兎も角、古馬本家としてやってきた」


「親子二代で馬鹿やって、今泉を虐めて楽しかっただか?」


「あんな、村に貢献している若者を傷つけて、兄貴よぉ。本当に馬鹿かよ! 泉屋はこの村の農作物を大量に買ってくれるしよ、農家を継げない次男や三男を受け入れてくれている。村の為に凄く貢献してくれているだ。お前の所の馬鹿と違ってな」


「権次郎、権三郎、貴様ぁぁぁーー 正一を……家の息子を馬鹿にするのかぁ」


「ふん、古馬本家ももう終わりだ、古馬家が『よそ者』と呼ばないのは近隣の村が精いっぱい……そこから先から嫁を娶ったらそれはよそ者だ」


「古馬の血によそ者が加わるなら、血が薄まる。 この村には結婚してない若い女性は殆どいない……この間までギリギリ30代の未亡人の満里奈さんがいたが、再婚して村を出ていっただな、残るは、42歳の出戻りの美津子さんがいるだけだな……」


「……」


「兄貴、もし、本当に古馬本家を守るなら、正一にしっかり、言い聞かせて、農家の仕事をやらせて、美津子さんと婚姻を結ぶことだな……いそがねば、美津子さんだって取られるかもしんねーぞ」


「うんだな、それが出来るなら、家を守る為と納得するが、出来ないなら、財産の分割のし直しだぁ」


「幾らなんでもそれは無いだろう……」


「いいや、弁護士の先生にも話をしたが、そう言った事情ならまた協議が出来るって言っていただ」


「儂たちは『古馬本家』を守るために生きてきた。 それが壊れるなら、ちゃんと分割して貰わなくちゃだな……良いか、兄貴、これは儂や権次郎の情けじゃ、問答無用で弁護士入れてもよかったんだ……だが『古馬の血をよそ者で薄めない』『しっかりと豪農らしく農家を正一にやらせる』その二つをすれば、今迄通りで良い。出来ないなら『財産を三等分』にしろ、当たり前の事じゃ、少なくとも権次郎も儂も家族全員で農業に真剣に取り組んでおる。『豪農の古馬』の看板を汚すでないわ……違うかの」


「ああっ、その通りだ……少し時間をくれないか」


「少し位は良いが、美津子さんももう42歳だ、早く纏めねーと跡継ぎが絶望だ……そうしたら本当に『本家』の血筋がなくなるだよ。そうしたら儂らの孫が本家になるだよ」


「ああっ」


「儂らは兄貴が憎くていっているわけじゃねーよ。 ここらで真剣に『古馬本家』を守って欲しい。そう思っているだけだ」


「んだ」


「すまない……」


これは不味い事になった。


本当に……不味い。



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