第42話 島田SIDE 大切な物


「島田さん、一体今日はどうしたんだ。 随分ニコニコして」


菓子折りを持っていきなり島田の爺さんが遊びに来た。


村の重鎮の一人で儂より立場は下だが、儂はこの島田の爺さんが、凄く苦手だ。


儂が小さかった頃、可愛がって貰った事があり、それは良いのだが……未だに 『赤ん坊の時おまえのオシメをかえてやったの覚えているか』とか『泣いているお前をあやしてやった』とか言い出す。


それを言われると流石に無碍に出来なくなる。


「いやぁな。今度こっちに孫が引っ越してくる事になったんで話を通しにきたんじゃよ!」


良く帰って来る気になったもんだ。


島田の爺さんの子供は二人とも亡くなっている。


確か孫は自動車会社のホヨタに勤めていた筈だ。


農業が嫌いで島田の爺さんと喧嘩して息子夫婦は出て行った。


そして孫は大学の工学部に進学してホヨタに勤めたという話だ。


「島田さん、確かお孫さんはホヨタで勤めているんだろう? 此処に戻ってきても仕事がないだろう」


「ああっ、だが儂が歳だからと言ってくれてのう……一緒に暮らしたいと言ってくれたんじゃ。だがこの辺りには農家の仕事しか無くて、農家以外じゃ泉屋しか正社員の口は無い。儂は田畑は手放して年金暮らしじゃからな」


「ああっ、そうだな……儂じゃ力になれんよ。すまないな」


「ああっ、権蔵さんを頼りになんてせんよ! 和也、いや、今泉社長に相談したんじゃが、そうしたらのう『自動車工場』を作ってくれる事になったんじゃ」


「自動車工場? そんな大掛かりな物を和也が作るというのか、儂はなんの相談も受けてないが……」


「そんな大掛かりな物じゃない、簡単な整備だけの工場じゃ、簡単に言えば、車検整備と板金など行う小さな修理工場じゃ、それを今泉社長が作ってくれる事になったんじゃ」


「そうなのか?」


「んだ、しかも、孫を責任者として雇ってくれるそうじゃ」


「そんな仕事、大丈夫なのか?」


「あのな、権蔵さん、この村は今泉社長のスーパーがあるとは言えまだまだ車社会だ。儂だって軽自動車に乗っておる。車検を取るのにわざわざ遠くまで行かなければならんし、修理も同じじゃ……今泉社長の話だと多分いけるという話だ。それに赤字が少し位出ても村の為になるから頑張りがいがあるそうじゃ。態々隣村まで車検に出しに行かなくて済むんじゃから皆は喜ぶじゃろう。それに、今泉社長は『儂が孫と暮らしたい』という夢を叶えてくれる為に動こうとしているんじゃ権蔵さん、別に構わないじゃろう」


「まぁ、そういう事なら儂も文句は言わん」


「そうか、良かったわ。 暫くしたら今泉社長が話に来るじゃろうから『決して反対とか難癖つけないでくれよ』」


「あいつも本当に水臭い奴だ、儂にすぐ報告すればいい物を」


「儂がフライングして根回しに入っただけじゃ、多分暫くしたら挨拶に来るはずじゃ、権蔵さんとは少し揉めたから顔も出しずらいのかも知れぬな。こっちは『孫との生活が懸かっているんじゃ』くれぐれも邪魔だけはしないでくれよ」


「儂が邪魔なんてする筈が無かろう」


「そうか、それなら安心じゃ」


あいつ水臭い事を……村の為になることで儂が反対などするわけなかろうが……


島田の爺さんも孫と暮らすのか……随分と嬉しそうだな。



◆◆◆


今泉社長……儂が勤めるわけじゃないからそれも可笑しいかのう……『和也さん』がええか。


和也さんは、本当に義理堅い人じゃ。


自分の方が余程怪我しているのに、すぐに儂の家に見舞いに来よった。


それでぽろっと孫の話をしてしまったら、すぐに『整備士の資格持ってますか』って聞いてきよった。


その場で、すぐに孫に電話し代わったら、とんとん拍子に話が進み和也さんが工場を作ってくれる話になった。


横で聞いていた話では和也さんのスーパーの横の土地を使って作るらしいが、小さい規模でも3000万円弱は掛かるという話だ。


こんな年金じじいと孫の為にポンっと3000万出そうとするのじゃ……


和也さんの器の大きさが解るという物じゃ。


たかが、1回助けてやっただけの人間に普通は此処迄せん。


だから、聞いてみたら……


「俺を助けてくれた事も嬉しいけど、それ以上に俺の大切な妻を守ろうとしてくれたのが嬉しい。貴方は俺の家族を守ってくれた。だったら今度は貴方とその大事なお孫さんの為に俺が手を貸すのは当たり前じゃないですか」じゃと。


耳が痛かったわ。


儂はきっとあの女、美沙だけだったら見捨てていた。


同じ村の和也さんじゃから助けに入った。


だが、和也さんは儂に『孫との生活』をくれようとしている。


儂が一番欲しかった物じゃ。


権蔵の奴に話をしたら『儂じゃ力になれんよ』と言いよった。


小さい頃からあれ程世話をしてやって助けてやってそれじゃ。


な~んも動かん。


儂にとって一番大切な『孫との生活』を和也さんがくれるなら……


儂は『お前の嫁を守ってやろう』


金は無いが人脈とそこそこの権力はある。


儂にとっての『孫』それと同じ位和也さんにとって大切な存在が『嫁の美沙』なんじゃからこれで五分五分じゃな。


儂もお前と同じで義理堅いんじゃ。









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