第62話 二人の秘密と権蔵の最後
熱海で1週間程寛いで遊んでから、村へ帰ってきた。
「楽しかったね、和也くん」
「そうだね、今度は海外でも行ってみる? それともスキーをしに寒い方に行くとかも良いんじゃない?」
「和也くんがそういうなら行こうか?」
「そうだね」
美沙姉も俺も無趣味に近い。
俺は美沙姉がいればそれで良くて、正直に言えば部屋でゴロゴロしているだけで充分だ。
多分、それは美沙姉も同じような気がする。
だけど……そのままじゃ引き篭もり状態になっちゃうから出掛けるようにしないと不味い。
◆◆◆
村に帰ってきてからポストを見ると手紙が届いていた。
正一は、ホテトル以外に10円ポーカーの店の権利も買ったみたいだ。
彼奴、随分と余裕があったんだな。
真面目にやっていればまずは失敗しない商売らしいから多分大丈夫だろう……なにより正一が買ったお店には現役のAV女優が所属している高級店でAV女王の『桜木美穂』や淫乱で有名な『豊角』が所属しているそうだ。 確かに美人だと思うが……桜木美穂は兎も角、豊角がいる様な店を買うような奴が、良く美沙姉を馬鹿にできたもんだ。
多分二人とも経験人数は三桁、下手したら四桁はあるんじゃないか?
だけど、彼奴、店を買うのに幾ら使ったんだ。
まぁ、幸せそうで何よりだ。
◆◆◆
伊佐治さんが俺の家に来た。
「伊佐治さん、どう言ったお話ですか?」
美沙姉には2階に行って貰い伊佐治さんに家に上がって貰う事にした。
「旦那様がこの度、古馬本家の当主を事実上引退なさいます。そのお話です」
事実上引退? 引退とどう違うんだ?
「どう言った事でしょうか?」
「古馬本家は正一が家出をしてしまったので跡継ぎがおりません。その為権蔵様の次の当主は権次郎様か権三郎様のご子息が継ぐ事になります。 また莫大な農地も、順次権次郎様と権三郎様に譲る事になります」
正一......勘当されたからか
「そうですか? それと俺がどう関係あるんですか?」
「旦那様が抜けたあと空席となる村の相談役のポスト、そこに和也様を推薦したいとの事です」
「いや、私は若輩者ですから、お断りします」
「お断りになるのですか……?」
正直言って凄く面倒くさい。
そんな物になったら美沙姉と過ごす時間が無くなるから……やりたくない。
「だって、そんな面倒くさい物やりたくないですよ。今迄通り権蔵さんがやれば良いんじゃないかな?」
「相談役になれるのに勿体ない。 まぁ引き受けて貰えないなら仕方がありませんな。 あとは土地なのですがスーパーの近くの土地2000坪を旦那様から和也様に差し上げたいそうです」
どうしようか?
事業をするなら必要だけど……
一応、くれると言うなら、貰っておくか。
「それじゃ、一応貰っておこうかな? ただ、それは俺じゃ無くて泉屋名義で欲しいです。権蔵さんにそう伝えて貰えますか?」
「旦那様にそう伝えておきます。 それであとお願いなのですが、美沙様と一緒に古馬本家に来て頂けますか?」
美沙姉は連れていきたくないな。
「……」
「この伊佐治の命に代えても決して危害を加えないと約束します」
「解った」
此処迄、伊佐治さんが言うんだ、行かない訳にいかないだろう。
◆◆◆
古馬本家にやってきた。
すぐに客間に通され、そこには権蔵さんが待っていた。
「よく来たな、和也に美沙……今日はこれから話がある」
「そうですか……」
「そう」
大体の想像はついている。
どんな話でも、俺達は気にしない。
「和也、美沙……君たちは姉弟だ。実のな……これは死ぬまで持って行く気だったんだが、和也、正一がいない今お前に恨まれたくない。だから話す事にした……」
「そんなの知っていたよね? 美沙姉!」
「うん……まぁ、なんとなくね……?」
「お前達、知っていたのか?」
「俺、最初から美沙姉って呼んでいたじゃないか? 薄々は気がついていたんだ。 だけど、姉だから好きになったんじゃない! 好きになった人が腹違いの姉だった。それだけだよ」
今更だよな。
「私も同じ、弟だから好きになったんじゃないわ……好きになったのが腹違いの弟だっただけ!」
「実の姉弟なのだぞ! それで良いのか?」
「戸籍上は夫婦だから問題無いだろう?」
「それを知る人も少ないし、誰も証明出来ないんだから……良いよ......」
「いつから知っていたんだ……」
「子供の時からだよ。 だって母さんは美沙姉や美沙姉の母さんを毛嫌いしていたし、父さんは美沙姉と仲良くなるのは喜んでいたけど、俺が好きだと言うと猛反対されたからね、気がつかない方が可笑しいよ」
「私も同じ位から……周りの様子を見てなんとなくね」
「お前等……子供はどうするんだ? 姉弟で作った場合障害児が生まれる可能性もあると聞く」
「子供は作らないよ、ねぇ美沙姉」
「うん、私も要らないかな! だからしっかり避妊をしているよ」
「どう言う事じゃ?」
「だって、もし美沙姉との間に子供が産まれても、俺は美沙姉以上に愛せない。美沙姉が俺より子供を好きになったら子供にすら嫉妬しちゃうから……無理だよ! 一番愛されない子供はきっと不幸だと思う」
「そうね、私も和也くんが一番好き! もし和也くんと子供どちらかしか助けられないなら、間違いなく和也くんを助けちゃうから、子供なんて欲しく無いかな」
「それじゃ……」
「今泉家は俺と美沙姉で終わり、二人でそう決めたんだ」
「......うん」
俺にとって欲しかった物は美沙姉。
美沙姉が傍に居てくれるなら、他は全部要らない。
「待て、そうしたら泉屋はどうするんだ! あそこ迄大きくしたのに、まさか潰すのか?」
「もう、充分お金も溜まったし、潰しても良いんだけど……皆、頑張っているから、今の役員から社長を指名して事業は継続しようと思う。 形上は会長として俺の名前は残し創業者として、少しだけ利益を貰って、基本口は挟まないようにしようと思う」
「仕事を引退してどうするんじゃ」
「美沙姉とイチャイチャして生きていこうと思っている」
「和也くんと面白可笑しく生きていけたらそれで良い」
「それじゃ、お前達は……」
「俺は今迄人の何倍も働いたから、これからは美沙姉と一緒にこの村を拠点にして悠々自適に暮らすだけだよ」
「ねー和也くん……もう話も終わったし帰ろう」
「儂の事は恨んでないのか?」
「恨んではいるけど……どうせ俺の両親のどちらかに頼まれたんじゃないのか? 」
「知っていたのか?」
「大体そんな所かと想像はつくよ! 本当にあんたは最悪だ……だがもう良いよ」
「そうね、もう良いよ」
今の権蔵さんの姿はまるで抜け殻のようだった。
今迄の豪農としての高圧的な姿ではなく、只の老人にしか見えなかった。
正一がいなくなり、守ってきた古馬本家は弟の息子の手に渡る。
相談役も自分から辞めたらしいから……もう全てが嫌になったのかも知れない。
殆ど全てを手放した権蔵さんは、もう生きる屍みたいにしか見えなかった。
「そうか……」
生きがいを失った老人をこれ以上虐めても仕方ない。
「それじゃ美沙姉帰ろうか?」
「うん」
今の権蔵さんは古馬本家の当主ではなく、小さな老人にしか見えなかった。
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