第40話 とある家族の口喧嘩
「母さん、美沙さんの悪口いうのは止めろ」
「お前、なんでそんな事言うんだ! あの女が汚いのはこの村では有名だぁ」
馬鹿じゃないのか?
普通に考えて美沙さんは被害者だろうが……汚いのは権蔵だ。
「そうよ、貴方、皆が言っているんだから、別に良いじゃない?権蔵さんが、あの女をどういう扱いしていたか皆が知っているんだから」
「その悪口を言った結果、俺達の人生が終わっても良いのか? なぁ健太、美沙お姉ちゃんの悪口言っちゃ駄目だぞ! 言ったら父ちゃん許さないし、もうポケえもんスナック買ってやらないからな」
「えっスナック買って貰えないの……うん、僕言わないよ」
決して意地悪じゃない。
子供がお菓子を簡単に買えるのは和也社長のおかげだ。
和也社長がスーパー泉屋を此処に作らなければ、気軽にお菓子なんて買えない。
「お前、嫌に庇うけど、あの女に誑し込まれたんじゃねーのかのう?」
「馬鹿か! そんな事言うならお母さんとやってなんていけーねよ……悪いけど美沙さんの悪口いうなら、お前ともやってけーねーからな」
「どう言う事よ」
少しは考えろよ。
「うちのスーパーの社長の和也さんが美沙さんと結婚したのは知っているだろう? 見ていても恥ずかしい位ラブラブなんだよ……美沙さんの悪口を家族が言っているのが知られたら俺が困るんだよ」
「あの汚い女を権蔵さんから貰ったんじゃろう、本当に今泉も困ったもんだ」
「母さん! そんな事言うならもう老人ホームに入れて縁を切るぞ」
「貴方、そこ迄言う事無いじゃない」
此奴ら解らないのかよ。
「よいか? あの件は悪いのはどう考えても権蔵のじじいだ。美沙さんは被害者だろうが! 汚いのは権蔵のじじいじゃねーか。それに、和也社長はそんな事しないと思うが、俺が首になったらどうするんだ? 俺はスーパー泉屋の社員なんだよ! 俺を雇っているのも、俺の給料やボーナスの査定をするのは和也社長なんだ。俺の人生は和也社長が握っていると言っても過言じゃないんだよ。嫌われるような真似すんじゃねーよ」
「だども、今泉は権蔵さんに恥をかかしたんだ」
「あのな、母さん、もう古馬家の威光なんてうちには関係ないんだよ! 農家じゃ食えなくて田畑を手放しただろうが、こんな田舎で正社員の話なんて泉屋しかねーんだ。しかも和也社長は社員思いで仕事もしやすいし、給料も良い。もし和也さん怒らせて首になったら真面な仕事につけずに、最悪、この村出て行かないと成らないんだよ! いい加減気がつけよな! 何度も言うが、汚いって言うなら、権蔵の方じゃねーのかよ! 美沙さんは被害者だろうが、あのクソ爺はレイプ魔じゃねーか、なんであんな奴の肩もつの? 真面じゃねーよ」
「お前、権蔵さんになんて事を……」
「そうよ、古馬家に逆らったら……」
「あのな、自分があの色ボケ爺に同じような事をされてもそう言えるのか? 今の俺の雇用主は和也さんなの、大体『古馬本家は豪農でございます』なんて言っても今はもう関係ないだろうが!うちは農家じゃないんだから関わる事も無いだろうが。 俺達家族を食わしてくれているのは和也さんだ。和也さんに首にされたら、飯食えねーんだよ! 美沙さんの悪口なんていうな!寧ろ庇えよ。あの人は和也さんの妻。社長夫人なんだよ!そんな事も解らないのか? 」
「そうなのかの……」
「貴方……」
「良いか? 俺の立場は今、スーパー泉屋の青果部の主任だ。これから頑張って、係長、課長と出世を目指して働いていくんだ。それは息子の健太の為であり、家族の為なんだよ。 折角、良い感じに働けているのに、社長の和也さんに嫌われたらどうするんだよ! 頼むから足を引っ張らないでくれよ! 頼むよ」
「そっか、もう、美沙さんの悪口はいわねー、すまなんだ……そうだな、お前が仕えているのが権蔵さんじゃねー、和也様だぁな」
「確かにそうだわ、泉屋さん給料いいもんね……健太の手が離れたら私もパートに行くかもしれない。お世話になるのは、古馬本家じゃないわね」
「それだけじゃない! 和也社長は本当に凄い人だ、まだまだ泉屋は大きくなる。これからは気をつけてくれよ……本当に頼むよ」
「「ええっ」」
和也社長が作ったのはまだスーパーだけだが、それでもこの村の流通だけでなく、雇用も担っている。
これから、また異業種に進出する話もある。
もう古馬の時代じゃない。
農業に関係ないうちにとっては権蔵さんより『和也社長』の方が大事な存在だ。
誰にでも優しくて素晴らしい和也社長。
その唯一の逆鱗が美沙さんだ。
恐らく、美沙さんを傷つけたら、ただ事じゃない怒りを買うだろう。
決して美沙さんは罵って良い相手じゃない。
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