第31話 正一過去 クズの友情


あの日依頼、俺はあの牝豚に構うのをやめた。


あんな女は牝豚で充分だ。


こんな状況で逃げ出しもしないで、泣くだけの女。


真面に抗議一つ出来ない薄汚い女。


こんな奴が和也の思い人かと思うと虫唾が走る。


俺が『豚扱いした事で、誰もが興味を失い此奴を使うことは無かった』


だが、別の意味で『本当に汚い女』になった。


『草むしりが終わってないぞ』


『朝から今迄頑張ったのですが……終わりませんでした……』


終るわけない。


あの量の草むしりはベテランの使用人でも無理だ。


しかも、意地が悪い事に鎌も軍手も貸してやってない。


それじゃ終わる訳が無い。


『私は終わらせろと言ったのだよ……終わるまで続けなさい』


『はい……』


そんな無茶な事ばかりさせられていた。


遅くまで仕事をして、終わった頃には、食事どころか、おひつもかたずけられ、お風呂のお湯は抜かれている。


だから……


今の美沙には昔の面影はない。


綺麗だった黒髪はいつも汚れていてフケが浮いている。


ただでさえ汚い作業着のエリは美沙の垢で茶色くなっていた。


そして汗だくになって仕事をしているから、嫌な臭いが此奴から漂って来る。


昔食べた豚骨ラーメンを更に腐らせたような臭いが近いかも知れない。


今では母屋に入れて貰えず、家畜小屋で寝起きしている。


ある意味、本当の意味で『汚い家畜』になったようなもんだ。


流石にこんな女誰も抱かないだろう。


親父も『そういう物としては使わず』偶に暴力を振るうだけになった。


尤も、何をしても、文句を言わず、うめき声しか出さないから、それすら飽きて来たようだ。


泣きわめく姿が怖かったので自分の手で殺そうとは思わないが……


『死んで欲しい』


とはいつも思っていた。


此奴が生きていると和也が解放されない。


だが、少し可笑しな違和感を感じるようになった。


何故、親父たちは此奴をこんな扱いするんだ?


確かに、この村はよそ者を嫌う。


だが、紺野家は村が建てた移住計画で移り住んできた家だ。


伊佐治から聞いた話だと『よそ者』という考えを捨てて新しい村に……そんな計画だと聞いた。


それに俺が知っている『よそ者に冷たい』のと随分違う。


ただのよそ者で嫌われ者なのだと考えても、普通は村八分。


無視するだけだ。


若い女を親父が欲しがったからの後妻の筈だ。


こうなる前の美沙は綺麗な女だった。


綺麗な容姿だから親父は目を付けたんじゃないのか?


少なくとも周りから白い目で見られるのを覚悟で娶った筈だ。


仮にも古馬本家の嫁なのだから、こうも周りから意地悪されるものだろうか?


考えてみれば、暴力を振るい、嫌う様な女を体欲しさとはいえ後妻にあの親父がする訳が無い。


考えると何もかもが可笑しすぎる。


◆◆◆


高校生になった。


和也と一緒に……そう思ったが彼奴は進学をしなかった。


彼奴は凄く頭がよい。


将来は国立大学に入れる頭があるのに……


何故なんだよ。


鹿馬高校まで通学で片道1時間半。


途中から女の子が3人合流してくる。


俺の頭の中では、そのうちの1人と和也をくっつける。


そうすれば、和也だって、あんな牝豚の事なんて忘れる。


そう思っていたんだ……なのに彼奴は進学をしなかった。


『俺は高校には行かないで、商売する事にしたんだ』


その言葉を聞いた時、俺がどれだけ悲しく思ったか、和也は知らないだろう。


彼奴は高校に進学するお金を両親に頼み込んで貰い、商売の資金にしたようだ。


そして小さなスーパーを作った。


『スーパーを村に作る』


これに反対する人間は居る訳が無い。


この村の買い物は不便で、年寄りでも車を運転して買い出しに行かないといけない。


最初、仮にも今泉家の次期当主が中卒になる。


その事から、反対する者も多かったが和也は熱く説得したようだ。


『齢を取っていく皆が心配なんだ』


『小さな子が安心してお菓子やジュースが買えるような店をしみな村につくりたい』


そんな風に言われたら誰が反対できようか。


まるで、孫が『お爺ちゃんやお婆ちゃんが心配』そんな感じで説得したから、ジジババには涙ぐむものさえ居たそうだ。


このスーパーは、実際に繁盛した。


今迄、時間をかけて遠くに行かなければ買えない物が近くで買える。


しかも、和也のスーパーは営業時間が長い。


朝は7時からオープンして夜は10時まで開いている。


しかも、ジュースの自販機やたばこの自販機まで設置されているんだから、こんな店に客が来ない訳が無い。


これが和也が高校進学を諦めて迄やりたかった事なのか……


俺だって古馬本家の人間だ。


村の為に頑張るなら、諦めもつく。


和也との高校や大学生活は無くなってしまったが仕方が無い……そう思ったが違った。


和也がスーパーを開いたのは……あの牝豚、美沙の為だった。


和也は良く美沙を見つけては『残り物だけど一緒に食べない?』 『このアンパン賞味期限が近いからあげるよ』とエサをやっていた。


『美沙姉、忙しくてお風呂はいれないんだって、ならこれ使ってみない? 介護用のふき取りシャンプーと石鹸。これは洗い流すんじゃなくて拭くだけだから便利なんだ……これから扱うかどうか考え中だから使って感想を教えてくれると嬉しい』


そんな風にあの牝豚に試供品を大量に裏で渡していた。


そうか……あの馬鹿は美沙を牝豚を守る為にスーパーを開いたのか。


確かに学生じゃあの牝豚に弁当一つ与えるのも難しい。


だが、それで良いのかよ……お前のその才能を潰して……


やりたい夢を諦めて、あの牝豚の為に、全て捨てて良かったのかよ。


親友。


◆◆◆


はぁ~仕方が無い。


あの馬鹿和也が唯一欲しいのがあの牝豚なのかよ……


彼奴は、俺の親友だ。


いつも、俺に普通に接してくれた唯一の存在。


物の価値は人によって違う。


そんな和也が欲しがったのは牝豚みたいな汚い女。


『欲しいならくれてやれば良い』


それでまた仲良くなれるならそれで良い。


あんな恥さらしの女……お前に相応しくない。


だが『欲しいのだろう?』


なら、俺が貰ってやるよ……


今ならチャンスなのかも知れない。


今の和也は村に貢献している。


そして、親父は美沙に飽きている。


今の和也の功績なら、褒美の一つ位貰えても可笑しくない。


あの汚い女がそんなに欲しいなら、俺が貰ってやる。


◆◆◆


正直言って親父は怖い。


古馬の御曹司なんて言われても、親父の百分の一の力もない。


「なぁ親父、ちょっと良いか?」


「なんだ正一、儂になにかようか?」


良かった、今は凄く機嫌が良い。


今なら、俺の意見も聞いてくれるかも知れない。


「最近、和也の奴頑張ってないか?」


「ああっ、凄いな。高校に行きたくないと言った時は正気を疑ったが……まさか、こんな事を考えていたとはな。 皆、今泉には感謝している。 伊佐治にしても家政婦にしても買い物が楽になったと喜んでおる。儂の好きな銘柄の酒もある。なかなかやるもんだ」


これならうまくいく。


親父にとって要らない家畜を譲ってやるだけだ。


「だったら、古馬本家として和也になにか贈ってやっても良いんじゃないか?」


「そうだな、和也が欲しい物に心当たりがあるのか? 少しばかり値が張っても構わぬ」


「それなら、美沙が良いんじゃないか? あれもう親父も要らないだろう?彼奴は昔から……」


「くだらぬ事は言うなよ! 儂はお前にあの女に何をしても良いって言った。だが、和也にだけは使わせるなと言った筈だぞ! あの女を和也に近づかせるな!良いな……お前は儂の言う事に逆らうのか!」


なんでだ……


こんな恐ろしい顔をした親父を見た事が無い。


「解りました……」


悪い和也……俺はお前に家畜みたいな女1人あげる事も出来ない……


「それだけか? それなら出て行け」


「はい」


親父には逆らえない。


御曹司なんて言われてもそんなもんなんだ……よ。





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