第20話 権蔵おじさん


正一は性格も悪いし口も悪い。


だが、あれでも『親友』だと思っていて、親友らしい面もあるのだから質が悪い。


例えば権蔵さんがインポだという情報だ。


恐らく、この村じゃ美沙姉と正一位しか知らない。


もしかしたら伊佐治さんは知っているかも知れないが、精々がその位までだろう。


村の権力者がインポ。


都会ならいざ知らず村では致命的な噂だ。


田舎は同情をする反面、陰口も多い。


恐らく知られれば裏で相当陰口を叩かれる。


それをぽろっと俺に話すんだから、親友と思っているのも満更嘘ではないのだろう。


良くいえば裏表がない。


悪くいえば傲慢で我儘。


それが正一だ。


しかし、この後、権蔵さんと話すのか……もう一杯一杯なんだけど。


ハァ~


「伊佐治さん、終わりましたよ」



座敷牢を出た横にある小部屋に居る伊佐治さんに声を掛けた。


「それでは、今度はご主人様の元へご案内いたします」


態々執事の伊佐治さんに案内させる。


これも謝罪の一端なのかも知れない。


一際大きな広間、そこで権蔵さんは待っていた。


「今回は済まなかったな~どうだ、息子の謝罪は受け入れてくれたか?」


「その話なら、もう話がついているでしょう? 美沙さんを貰って慰謝料を受け取った時点で終わりですよ」


「まぁ、今泉に息子が恥をかかせた結果、儂も恥をかいた。それで姦淫の罪を相殺、差額は儂の誠意ので出した金。確かに済んでいるな」


「そうです」


「だが、美沙は後妻とは言え、妾以下、儂がどう言う扱いしていたか知っているだろう?しかもそれは儂らだけじゃない。この村の多くの者が知っている」


「それ以上言わなくて良いです。正一にも言われましたから……」


「それを知って何故入籍した……あれなら、まだ芽瑠さんの方がましじゃないか? それに5つも齢が離れて良いなら他にも相手が居るだろう。お前程の人間なら、村を出て行く。そういう選択も出来ただろうが」


もう入籍した事を知っているのか。


美沙姉が、この村から出て行きたくない。


そう考える以上はそれは無い。


「それでも俺は美沙さんが良いんです……初恋での人ですから」


「そうか、蓼食う虫も好き好きだ。ならば良い。その事はお前が不愉快になるだろうからこれ以上は言わんよ。 今回の事と言い迷惑をかけた、この通りだ」


権蔵さんが深々と頭を下げた……だと……


俺はこの人が頭を下げた姿を見たことが殆ど無い。


この前の時は例外で、息子の正一の人生がかかっていたのだから解る。


だが、今回、権蔵さんは何に頭を下げるのだろう。


同じことで2度も頭を下げる事は絶対にない人だ。


『今回の事と言い』という事は、それ以外の件も含めて頭を下げた事になる。


芽瑠との婚約破棄以外で謝りたい事があるのだろうか?


しかも、前回の時と違い、どこか表情に悲しさが見える。


仕方がない。


美沙姉にとっては辛い事ばかりの村の筈だが、美沙姉は両親の思い出があるからか、この村を離れたがらない。


それなら、この謝罪を受ける以外にない。


「今回の事はもうこれ位で終わりにしませんか? 寧ろ掘り返される度に不愉快になる。芽瑠さんの件はもう美沙さんとお金で話は終わった筈です。あと美沙さんはもう私の妻です。貴方のおもちゃじゃない。できる事ならこの先、馬鹿にしないで欲しい。それ以上は何も望みません」


「解った、そう心がけよう。だが……」


まだ何かあるのか……いい加減にして欲しい。


「もう終わりで……」


「いや、最後にもうひとつだけ追加で慰謝料を払おう。紺野の家をお前に渡す。美沙の件はお前には悪いが美沙には悪いとは思わん。これは、お前の心を傷つけた事への儂の詫びだ。くれぐれも勘違いするな。美沙にではなくお前への詫びじゃからな」


『古馬でなければ人ではない』


一族至上主義だからか……


分家とは言え今泉は、古馬の流れをくむ一族の端くれだから『人』


この人にとって美沙姉は多分人じゃないんだろうな。


この村や近隣には未だに『よそ者』という言葉がある。


これ以上話すだけ無駄だ。


「美沙姉の住んでいた家をくれるという事なら喜んでもらうよ。ありがとう権蔵おじさん」


「和也は、そういう話し方をする方がいい」


美沙姉の為なら腹芸の一つや二つしてやるさ。


「ありがとう権蔵おじさん」


俺は笑顔を無理やりつくり、挨拶を済ませ古馬の家を後にした。


◆◆◆


「ご主人様、本当にこれで良かったのでしょうか?」


「伊佐治、態々憎まれる人間を増やすことはない」


「ですが、理由を知れば、和也さんだって、あそこまで……」


「くどいぞ! 結ばれてしまったのだから仕方がない! 秘密を知る者はお前と儂しかおらぬ、この秘密は墓場まで持っていくんだ。いいな」


「心得ました。伊佐治は死んでもいいません」


「ああっ頼むよ」


これは何があっても和也に知られるわけにはいかないからな。










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