第48話 正一と......


危なかった。


詩織さんが居ない今、美沙を手元に置いて置く必要は無い。


儂だって醜聞になるような事はしたく無い。


だが、和也の両親、誠一と詩織さんから頼まれたから仕方なく動いた事だ。


自分の思い人をあそこ迄苦しめた本当の黒幕が自分の両親。


この事は和也に言わない方が良い。


傷つくだろうからな。


今泉家は女系家族……そして詩織さんに儂は頼まれ動かざる得なかった。


理由は最後まで教えてくれなんだが……想像はつく。


この予想が合っているかどうかは解らぬ。


だが、この秘密は伊佐治共々、墓場まで持っていく。


詩織さんと誠一が亡くなった今、美沙を和也に返そうが問題無い。


女系家族の今泉家、その本物の最後の当主は詩織さんだ。


そういう意味では『和也は男だから本物の当主』とは言えぬかも知れぬ。


だが、あの目……


偶に見せる、蛇の様な目は詩織さんを彷彿させる。


儂は和也が儂を殺しに来るんじゃないか……何度もそう思った。


儂に気づかれて無い。


そう思っているようじゃが……目を見れば解る。


時折殺意の籠った目で儂を見よる。


やった事は馬鹿だが、今回の正一の馬鹿は儂にとっては僥倖だ。


あれが元で和也に美沙を返せた。


形だけだが、儂も恥を書いた。


その結果……和也の儂への殺意が随分薄くなったような気がする。


あとは、時間が解決してくれるだろう。


そう想うしかない。


◆◆◆


俺は一人古馬本家に行った。


俺はもう一度、正一と話す必要がある。


「和也様……今日は旦那様は留守ですが、どう言ったご用件でございますか?」


「暫くしたらちょっと旅行に出かけるんでね。その挨拶と正一に逢いにね」


「お坊ちゃまに!?」


「伊佐治さん、何を驚いているんですか? 幼馴染に逢いに来ただけですよ?」


この人も心配性だな。


問題の話はもうとっくについている。


何時までも引きずる様な事じゃ無いだろうに……


『あくまで芽瑠との婚約の件』だけだけどな……


「ああっ、そうでしたな……すぐに案内させます」


「お願いしますね」


応接室に家政婦さんに通され、正一が来るのを待った。


フカフカのソファにペルシャ絨毯。


これが大正時代から使っていると考えると、古馬本家はどれだけお金があるのか……


入れて貰った紅茶をすすりながら俺は正一が来るのを待った。


「久しぶりだな」


「随分窶れたな」


「はははっ、少し前まで座敷牢に入っていたからなぁ、まぁあれだけの事をしたんだ仕方が無いな」


まぁ、本当にしょうもない。


女癖の悪さは流石、権蔵さんの息子って所だな。


だが、今回はどう考えても可笑しい。


恵子さん、真理愛さん迄なら解る。


だが、どうして芽瑠に迄手を出したか解らない。


いや、想像はつくが、正一が果たしてそれをするか疑問だ。


「正一『近隣の令嬢全員に手を出せば問題になる』普通に考えれば解るだろう? しかも全員が権蔵さんの権力の及ばない人間ばかりじゃないか?なんであんな事したんだ……」


「別に令嬢だからという訳じゃない。 丁度俺達の世代にあった女があいつ等しかおらんかっただけだ」


「年齢をずらせば良いんじゃないか?」


「年上は好かん!」


確かに『女房と草鞋は新しい方が良い』なんて村だからな、古馬の御曹司と考えたらそういう考えなのも解らなくもないが……


「どうしても無理なら、年下で良いじゃないか?」


「俺があいつ等に手を出した時はまだ高校生だった……それ以下の年齢に手を出したら犯罪だろうが……4つも下なら子供じゃからな」


確かに言われてみれば……うん、確かに近隣にはかなり年下しか居なかったかも知れない。


うちのスーパーに駄菓子を買いに来るような子に手を出したら、流石に犯罪だな。


「それなら、1人に絞ってつき合えば良かったじゃないか? 高校時代は解らないけど真理愛さんとは中学の時、随分仲良かったよな?」


「あのなぁ……生涯で抱く女が1人なんて悲しすぎないか?」


此奴が何言っているのか解らない。


他の何者にも代えられない存在だから『恋人』なんだろう。


『自分だけをお互いに愛してあう約束の儀式』それが結婚じゃないか。


「俺は生涯愛する相手は1人で良いし、抱く相手も1人で良い。だから正一の気持ちは良く解らないな。 だけど、真理愛さんに恵子さんまでなら解るが、そこでなんで芽瑠まで……どう考えても芽瑠は正一の好みじゃないだろう!」


芽瑠との婚約を受けたのは、正一の好みから離れていたから。


その要因もある。


わざわざトラブルを抱え込んでまで手を出す必要も無い。


「まぁ、好みじゃないな」


「まさか、俺の為とか?」


「まぁ、それもあるが、芽瑠とやればコンプリートだし、まぁムラムラしてってのもある」


「あのなぁ……」


「和也が好きなら、俺は手を出さんかったよ。 俺はお前が本当に大切な物には手を出さん! だが、お前が好きなのはあの牝豚だろう!」


「正一! 怒るぞ!」


「怒られてもこの考えは変わらん! 好きな男が居るのに如何わしい事する女!悲しむばかりで逃げる事もしない。挙句にその環境を受け入れて応じていた女、家畜、牝豚、便器……何処が違う!」


「それは、権蔵が、権力を盾に……」


「確かに親父は権力を使ったな。だがもし、同じ事が俺に起きたら俺なら逃げ出そうとする。その結果、殺されてもな!好きな奴が居てあの環境なら、俺なら舌を噛んで死ぬわ……運命と戦わない奴を俺は人と思わない」


「言っている事は解らないでも無い。だが、あの時美沙姉が死んで居たら俺も多分死んで居たよ……」


「そうか……これ以上話しても、その話は平行線だ。 まぁ良いさ! お前にとって一番大切な者じゃないなら、俺がやっても問題ないだろう? どうせ、あのまま芽瑠と結婚しても上手くいかないだろうしな」


「間違いなくそうなったかもな!だが、正一! 美沙姉が汚いと言うなら、恵子さんも真理愛さんも芽瑠も全部汚い女に成るんじゃないか?」


「違うだろうが! 幼馴染にお前はなにを言うんだ!」


「考えてみろよ! 聞いたよ、高校時代からお前は最後の一線は越えてないが3人とヤリまくっていたんだろう? それって美沙姉と何が違うんだ! 寧ろ、自分から楽しんでいたんだから! もっと質が悪い。 お前の理屈なら、あいつ等も同じじゃないか? 真理愛さんも恵子さんも芽瑠も牝豚って事だよな?」


「違う……」


「違わないだろう? 婚姻前に散々遊んだ挙句、最後には一線まで超えたんだ。 一線を越えた分だけ、より汚い便器で牝豚じゃないのか?」


「違う、あいつ等は家畜じゃない。お前と同じ幼馴染だ......」


「お前さぁ、ちゃんと平等に考えろよ! お前の理屈なら全員が家畜で牝豚じゃないのか? そうしてしまったのはお前じゃないか?」


「違う……俺はそんなんじゃない。彼奴らは」


「正一が美沙姉を牝豚、便器って言うならもう良い。勝手にしろ! その代わり、俺は恵子さんや真理愛さん芽瑠を『正一の便器だった女』そう言うけど良いのか? お前によって汚された女、この事実は間違いないよな? 」


「和也……それは止めてくれよ」


「なぁ、強引では無いけど……女性を汚すって意味じゃ、正一も権蔵さんも同じだよ」


「俺が親父と同じ……」


「俺は意地悪を言いたい訳じゃない。美沙姉は俺の妻だ……だから悪く言わないで欲しい。それだけだ! 腹の中までは変えようが無い。だが、口に出さないで欲しいんだ! お前の口からそれを聞く度に悲しくなるからな」


「俺が言わなければ……お前も言わないんだな……」


「ああっ約束する」


「なら、言わない……約束だ」


3人は正一にとって幼馴染だ。


俺は中学で半分縁が切れてしまったが、それでも顔を見れば懐かしく思える相手だし、芽瑠とは婚約までした仲だ。


俺より長く付き合っている正一にとっては、俺が思っている以上に大切な存在に違いない。


「なぁ、正一……」


「どうした?」


今の正一がこうなっているのは俺のせいなのか?


『無いな』


女癖が悪いから、どっちみち破綻する。


恵子さんと真理愛さんの2人と最後の一線を越えた時点で遅かれ早かれ泥沼だ。


芽瑠とそういう関係に成らなくてもきっと破綻した。


だが……芽瑠に手を出してくれたから、俺が幸せになれた。


それは間違いない。


『俺の為に正一が動いてくれた』


そう思えてならない。


「ありがとうな……正一」


「ああっ、仕方ないから家畜……いや美沙さんの悪口は言わない」


その事じゃ無いんだが......まぁ良いか。


「まぁいいや……それじゃあな。 あと暫くしたら旅行に行って村を離れるから、権蔵さんにも宜しく伝えておいてくれ」


「旅行?」


「新婚旅行に行くんだ。それじゃ頼んだよ」


「おう……」


そんな驚く事じゃないだろう。













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