第15話 古馬SIDE 親子


「それで、お前はなんでこんな馬鹿な事をしたんだ……一体なにが不満なんだ!」


「親父、俺は親父の様に本妻の他に妾が欲しかっただけだ……」


「その結果がこれか?」


「俺は小さい頃から親父の背中を見て来た。同じように女を侍らせる人生を送りたかった……それがなんでいけないんだよ」


「南条真理愛や北条恵子に手を出すのは構わない。だが、何故、東条芽瑠にまで手を出したんだ……この村じゃ姦淫は許されない。これが大正時代なら、お前は殺されていても可笑しくなかったんだ。それに今泉が許してくれなければ、腕の1本は本当に取られていても可笑しく無かったんだぞ」


「和也は俺の親友だ……なんだかんだ言っても許してくれる。 実際に、彼奴が今回の償いに求めたのは親父の手垢のついた陰気なあの女だけじゃないか?」


「それが今泉の優しさだと解らんのか? あの場所を収めるには古馬本家が恥をかかなければ納まらない。 命までは流石に今じゃ取らんが、今泉が最初にお前と芽瑠さんの腕を望んだだろう……本当ならそれが、あの場を納める最低限の条件だったはずだ。この村じゃ女房は家族であり財産、それを奪う姦淫は許されない。これはこの地に領主が居た時代からの決まりじゃ」


「昔なら兎も角、今はそんな時代じゃないじゃないか? 慰謝料払って終わりじゃ無いのかよ」


「法律ならそうじゃ、じゃがこの村には儂も含み老人が多い。そして老人の多くは重鎮だ。今でも掟は重んじておるんだ。 実際に長谷川さんは、あの場に刀を持ち込んでいたし、森重さんは猟銃を持ち込んでいたんだぞ」


「まさか……」


「今泉があの代替え案を出してくれなかったら、間違いなくあの場でお前も芽瑠さんも左腕は無くなっていた筈だ。長谷川さんは掟を破った人間を絶対に許さないからな」


「だが、長谷川さんだって森重さんだって親父には逆らわないし、俺にも優しいじゃないか?」


「それは儂やお前が古馬だからじゃ。村の中心人物だからだ。だが、それとこれは別だ。古馬だからこそ規律は守らなければならない」


「親父だって……」


「儂は、人の物には手を付けん……確かに儂も親父も女癖は悪かったが他の男の妻など奪わぬ、儂でも親父でもどちらでも、そんな事したのを見た事はあるか? 儂や親父が手を出すのは未婚の女か未亡人だった筈だが……」


「それは嗜好の問題だと思っていた……」


「馬鹿か、この村で姦淫が許されぬ事は子供でも知っておる。だから、どんな女癖の悪い人間でも他人の妻は取らない。お前だって知っていた筈だ」


「此処迄とは思わなかったんだ」


「ハァ~もう良い。それで、お前は何処の家に婿養子に行きたいんだ」


「婿養子?」


「儂はお前が可愛い。だが『姦淫許さず』は村の掟だ。古馬に生まれた者はある意味王家に生まれたようなもんだ。だが、王子だからこそ、国の模範になり、それを守らねばならぬ」


「さんざん浮気して母さんを苦しめ、母さんが無くなったら、あんな若い女を手籠め同然で後妻にした親父が言うのかよ……」


「その負い目があったからこそ儂はお前の愚行を見逃してきた。だが今回だけは庇えない、父として最後にお前の道だけは開いてやろう……東条家、南条家 北条家どこの家に婿養子にいきたい?」


「俺は、古馬を出たくない……」


「東条は娘を傷物にした責任をとるなら、婿として迎えてくれるそうだ……他の2家とは今後の話し合い次第だが、一応は最後だ。要望を聞いてやる」


「親父、心を入れ替える……だからどうにかやり直すチャンスを貰えないか……これで最後で良い……頼む、この通りだ」


どうするか……


今泉とはお金と美沙で話が一応ついている。


詫びは受け入れて貰っている。


この状態から、更に正一を古馬本家に戻せる方法があるとすれば……


「なぁ正一、芽瑠さんは三人の中で何番目に好きなんだ!」


「三番目だ……よ」


一番じゃないのか……


どう言う絵を描けば息子が古馬に残れる……


誰を娶るかから考えなくてはならない。


一番無いのは北条恵子だ。


こんな馬鹿な事をしでかした正一を政治家一族の北条が受け入れる訳が無い。


嫁になんて出してくるわけないし、婿も無理だろう。


あそこの当主、北条誠二は県会議員を目指しているから醜聞を嫌う。


だから、古馬が票を集めてやるという約束と政治資金という名の献金でどうにか抑えて貰う事は出来るはずだ。


婚前交渉だけだから、これで納まる可能性が高い。


南条真理愛はどうだ?


隣の村の網元であり、南条水産の南条数馬の二女。


農業、畜産から始まった古馬家とは一番遠いとも言える。


何を差し出せば良いか解らない。


この村で一番付き合いのあるのは魚介を仕入れている今泉のスーパーだ。


だが、それも僅かだから何も意味がない。


だが、こちらも婚約者が居ないのだから、ただの婚前交渉。


お金でどうにか出来る可能性が高い。


それに、この二人に関しては、この村の掟の姦淫じゃない。


これは、村全部でなく古馬家の問題で片付く。


この馬鹿が、今泉から芽瑠さんを寝取らなければ簡単な話だった。


しかも三番目。


一番必要ない女の為に大事にして馬鹿か。


しかも分家の今泉の婚約者と解っていながら寝取るなんて……今泉は親友でないのか? 自分の将来片腕にしなくてはならない人物だと解らないのか。


あれは将来村に必要な男だ。


「正一、お前が古馬本家に残りたいなら、北条恵子と南条真理愛は諦める事だ。選ぶ相手は芽瑠さんしかない」


「親父、俺は芽瑠は」


「一番要らないのだろう! だが、お前が古馬本家に残りたいなら、それ以外方法はない」


「芽瑠じゃないと駄目なのか?」


「ああっ、それもお前が『東条芽瑠を心から愛している』それを東条家に信じさせることが必要だ……東条家の婿入りの話をどうにか解決でき、古馬家に迎える事ができればお前が古馬に残れる可能性は僅かだがある」


「それしか無いのか?」


「何を不貞腐れているんだ! 東条家の償いがこれでもスムーズに行けばの話だ。まだ確定してないんだ、不服なら婿に出しても良いんだぞ!」


「ああっ、頑張るよ」


もう村の重鎮の多くが、お前を本家から出せ。


そう言って来る。


執事や使用人すら同じ考えだ。


対外的に『このままでは古馬本家は継がせられない』


そう儂も言っている。


これがお前にやる最後のチャンスだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る