第29話 正一過去 親友和也


あの日から和也は変わった。


笑顔が爽やかな奴だったが、一切笑わなくなった。


俺にとって唯一の親友だったのに俺が話しかけても……


『そうか』


『それで』


『悪いな』


真面に話を返してくれない。


俺の事を『古馬本家の御曹司』と見ない唯一の存在。


俺に逆らい、俺に意見する、只一人の人間。


それが和也だった。


それでいて、俺が山犬に襲われた時は、棒を振り回して助けてくれた。


その結果、彼奴は噛まれて入院した。


狂犬病で死ぬかもしれないと知った時は、この俺が涙を流した。


古馬の跡継ぎの俺は泣いた事など記憶に無い。


だが、あの時は……盛大に泣いた記憶があった。


俺の中で和也は特別な存在だった。


『古馬家の御曹司』じゃなくただの正一として見てくれる唯一の存在。


それが和也だった。


乱暴者で粗野で癇癪持ちの俺の傍に居てくれる友達。


それが和也だった。


だから、俺は『美沙』には手を出さなかった。


豚の様に思うようになる前まだ『綺麗なお姉さん』と思っていた時もあった。


見るだけで手を出さなかったのは『和也』の事があるからだ。



和也を見る度に俺は悲しくなった。


あそこに居るのはもう……お前の好きな美沙じゃない。


親父によって家畜みたいになった女なんだ。


親父に命令されれば、尻でも舐める汚い女なんだ、もう忘れろよ。


そう思った。


だが、あの家畜みたいな女を見る時だけ、和也は昔の様な表情をする。


だから、言えなかった。


◆◆◆


『この女、お前いるか? もう飽きたから好きにして良いぞ』


そう、親父が言って来た事がある。


俺が黙っていると……


『避妊だけすれば自由にして良いからな』


そういって立ち去った。


目の前で美沙という家畜は顔を青くして泣いていた。


『いや、いやぁぁぁぁーーそれだけはやめてーー』


と泣き叫んでいた。


確かに此奴は家畜で汚い女だ。


だが、使えるかどうかなら『使える』


性処理道具なら充分だ。


痣だらけだが白い太腿に胸は充分使えた。


だが、和也の顔が頭に浮かんだ。


此奴は家畜……豚と交わる人間は居ない。


そう言い聞かせた……


『お前みたいな汚い女なんて抱く訳ないだろう』


そう伝え、俺も立ち去った。


俺はこの時まで、汚いと思っても口に出す事はしなかった。


だが、この時から俺は口に出して言うようにした。


使用人にも……


『家畜は抱けないよな! あんなの抱ける奴は人間じゃない』


『あれを抱く奴はキモイわ、豚を抱いたみたいなもんだぜ。そんな奴俺、話もしたく無い』


『親父が散々使ったお古だぜ、しかも汚い家畜みたいな女、もし抱く様な奴がいたらそいつも家畜か豚だよ、そう思わないか?』


『小便だらけの汚い便所女、だれも使わないってーの』


親父が飽きて抱かないから言えた事だが……あえてそう口に出して触れまわった。


多分、親父の性格からして俺に使わせた後は『使用人に使わせる』可能性がある。


だったら『誰も相手にしたく無い最低の女』にすれば良い。


便所みたいに汚い家畜女。


それでも、和也はそんな女でも好きなんだから……これ以上汚したくはなかった。


俺の考えは……上手くいった。


すべての使用人、村人が『美沙を汚い女』と見るようになった。


これで、本当の意味でこの女がこれ以上汚されることは無い。


だが、それでも、この汚い女が和也の思い人なのが許せなかった。


その汚い女にしたのが親父であってもだ……


◆◆◆


中学時代。


和也は俺と更に話さなくなった。


実際に完全に無視されるわけじゃなく、話し掛ければ話はしてくれる。


だが、適当な相槌を返してくれるだけだ……こんなのは和也じゃない。


分校には2人しか居ないのに……気まずい雰囲気だけが流れていった。


偶に、近くの村の子が集まって行う合同授業があった。


幸い、その時に来る女の子は可愛い子ばかりだ。


恵子、真理愛、芽瑠。


なかなか可愛い。


此奴らの誰かとつき合えば、和也もあんな家畜の事は忘れる。


そう思ったが、無理だった。


『一緒にバーベキューしよう?』


『女の子達と海にいかないか?』


そう誘ってもその全てを和也は断ってきた。


『そんなにあの汚い女が好きなのかよ』


なら仕方が無い……だから俺は親父に頼んだ。


『なぁ、あの便所女、和也に使わしてやりたいんだけど良いか?』


口では軽口だが親父は怖い。


これでも緊張物だ。


『便所女? 美沙の事か? それは駄目だ』


『だって彼奴は家畜みたいなもんじゃないか? 親父だってもう飽きたんだろう? 1日位……』


『ならん……その話は終わりだ。 お前がどう使おうと構わぬが今泉にだけは貸すな』


そう言ったきり聞く耳を持ってくれなかった。


親父も和也は嫌いじゃないはずなのに……訳がわからねーよ。


◆◆◆


俺は心の中で親父がほんの少し嫌いになった。


だが、それ以上に美沙が嫌いになった。


此奴が居なければ……


殺してしまおうか。


そう思う事が多くなった。


そんなストレスが溜まるなか……


とうとう俺は……


『くっ苦しい……助けて下さい……』


部屋から出てくる美沙を見つけ衝動を抑えきれず美沙の首を絞めていた。


此奴が居なければ……此奴が居なければ和也は。


『いや……嫌やめて下さい。なんでもします! だから、殺さないで……いや、死ぬのはいやーーっ殺さないで』


『なんでもします』だと和也の気も知らないで……俺は手に力をこめた。


『お前が居ると和也が、和也が困るんだーー』


今迄必死に抵抗していた美沙の手が止まった。


『和也くんが困るなら……良いよ、殺して……』


そう言って目をつぶった。


それに動揺して俺は首を絞めるのをやめてしまった。


その瞬間……


『殺してーーっ、早く殺してよーー早く、うっうっもう嫌だぁぁぁぁーーこんなの嫌だーー早く殺してよーーー』


狂ったように美沙が泣き叫んだ。


泣き叫ぶ美沙が怖くなり、俺はその場から逃げ出すように立ち去った。

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